宮大工 西岡常一の遺言
極東ブログで紹介されていた一冊で、そのままアフェリエートのリンクをクリックして購入してしまった。その書評で何が書かれていたのか、実は覚えていない。この本は読む、と感じたので書評は見なかった。自分で読めばいいから。 本を読むときにガイドラインがあると助かることがある。プロの書評家のものより、普通の人のもののほうがよい。あえて紹介する必要もない本について語っているほうのが信用できる。一文の得にもならないのにわざわざ文章におこして語ってくれる内容のほうが信頼できる。もっとも、それが誰でもいいというわけではないけれど。その点、この本は極東ブログで紹介されている。読む価値は十分にあるだろう。
この本を読んでいるときも、学者と棟梁との意見の違いでもめるようなところをつい探してしまう。学者ってのは、自分じゃなにもできんのになぜ自分を信用できるのだろうか。役所は大抵学者の見かたで、結果的に棟梁がこっそり学者のアイデアのダメなところを補修するということが書かれている。現場でやっている人は、現物を相手にしているか誤魔化しがきかない。役人や学者は、適当に誤魔化す人生しか送っていない。結果的にどちらが長生きするかは明らかなんだけど、世の中はダメな方法を選択する。不思議な気がする。 なんでもそうなのだが、現実に接地している人が強い。アイデアは大切だけど、アイデアをきちっと現実につなげて、価値を計っておく必要がある。アイデアは人の頭の中で実行され構築されるけれど、現実のものは現実の世界で実行され構築される。実に単純な違いを、どうして気付かないのかと不思議に思う。
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