14歳の子を持つ親たちへ
今現在14歳くらいの年齢の子供がおかれている社会環境についての考察。対談形式だから論理の鎖が長くなってしまうことがなく、話題もぽんぽん連想的に移っていくのでテンポよく読めてしまう。 筆者の一人である精神科の先生の話。診断に訪れる14歳くらいの子供とその親たちについて、どんな現状なのかを教えてくれる。なんでも、子供よりも親がおかしいということだ。親がまずいことになっているんじゃないか、当然そういう環境だから子供も結構辛い状況になってしまう。そうなんだ、ふーんと半分人事になる。親の年代といえばぼくらもそれに該当する。となると、ぼくも注意しないといけないのだろう。 話はそこから「下流思考」の枠組み(文化資本の不平等制の結果、消費者として社会に登場する子供)へとリンクしていく。 文化資本の話になると、自分を省みて心もとなく思う。ぼくも「消費者として社会に登場した子供」であったはずだし、まぁ、下町育ちなので「上品な文化資本」を持っていない。しかし、そういうことは今言っても始まらないだろう。まぁ、そうだろうな、で済ますよりない。 文化資本がなかろうと、下流に属していようと、楽しくやっていければいい。下流だから精神的におかしくなるわけではないだろうし、そんな相関もないだろう。ただ、自分の行動や「自然だ」と思える行動指針をすこし客観的に見るクセを強化したほうがいいだろう。 この本で語られている親・子の関係を知って少し怖くなるのだが、それは精神科医師の窓からの風景でしかないはずだ。みんながみんなそうではない。だから過度に心配したり不安になったりする必要はない。そう考えるようにする。 NHK教育でたまに放送している中学生くらいの子供を集めた話し合い番組。発言する人は、一昔前ならば、みな病気と診断されていてもおかしくない表情なんだそうだ。でも、今は正常ということになっているとか。ぼくはそういう番組をみると気持ち悪くなる。だから見ない。あの気持ち悪さを感じる理由、それはまだ一昔前の基準をぼくの身体は持っているからなのかもしれない。などとムシのいい解釈をする。 消費者というという存在、人類の存在のあり方としてはよくないことなのだろう。どうにかしなきゃといって、どうにかなるのだろうか。おそらくならない。となると、日本もある坂を下っているのだろう。それはそれで仕方ない。 |
