ミステリーチャンネルの番組「ブックナビ」で紹介されていた。ぼくは高校生もの、青春ものは苦手なのだが、「ミステリー」だというので読んだ。消極的な気持ちで読みはじめたのだけど、読み終わったときの評価はびっくりするよい作品。大森望さん豊崎由美さんの推薦は信用できる。さすがだ、と感心した。
この本は続きものの短編4本から構成されている。1本目はキャラクターの紹介、2本目は「へぇ、面白いじゃん」というミステリー、3本目はこの本の表題作でビックリするほどよい演劇話、最後の一本はぼくが一番好きなジャンルのもので「うあぁ、好きだぁこういうの」と感動してしまった。最初の一編を読み終わった段階では、この本最後まで世無くてもいいかなと思ってしまった。でも、辞めなくて良かった。
高校生が主人公の話は、恋愛ものであり成長モノである。切ない気分になる話を読んで不愉快になることはないが、だからといってそういうお話を「読む必要」はないだろう。そういう気分になることが好きかどうかの問題である。
高校生のカップルが電車のなかでいちゃいちゃしているのを見て、うれしいとか楽しいとか思う人はいないだろう。とくにオトナになった人には。そう思う理由は、教育上どうかなとかそういうことではなく、単に自分とは無関係なものであり、うっとうしいからだと思う。
同様の感情を青春小説を読んでいて感じる事がある。今になってあだち充を読むのと同じで、もうどうでもいい感が一杯になってしまう。だから最近は読まない。
しかし、青春小説が全部嫌いなわけではない。何が良くて何が悪いのかの境目ははっきりしている。それは、「そうだよね」と言えるようなキャラクターが登場するかどうか。気分を味わうためではなく、人間観察の意味で読む。
だから、登場人物が自分と重ね合わせられるか、自分のよく知っている人に見立てられるか、あるいは、そういう人っているよねと言えるかどうか。こういったことで読む読まないを決めている。
美男美女と天才しかでてこない話に親近感は持てない。かといって、自分の知り合いにいなそうな「おかしな」人ばかりでも、興味が失せる。現実味を持てる人をきちんと表現できるのか。逆に、普通の人ばかりでは面白い話が回せない。したがって、いかにキャラクターを設定するのか、動かすのかに小説の善し悪しがでてしまう。
この小説で登場する人は、きちんとしていそうでいてもおかしなところがある。そこに親しみを感じる。微妙な設定だけど、そんなところで上手だなと感じる。
一方で不自然な設定も目立つ。例えば、一般にメカ好きの学生さんが登場する。専門分野を深く掘り下げるタイプの人は、社会の出来事をあまり知らないものである。この小説では、近代史や現代史上の出来事を年号から把握するだとか、その出来事が社会的にどう捕らえられていたのかなどを知っている設定なっているが、そんな人は皆無であろう。専門性を深く知っていくことは、興味の範囲を極限まで狭め、まさに「集中」させる。この状態で教養を求めることは無理というものである。そのような、実際の学生像と乖離しすぎている設定がある。そこがまたある種のSF的な雰囲気を醸し出すのかもしれない。
とはいえ、久々に「面白い」と思う小説に出会った。なんとなく続編も期待できそうだ。今年はいい年になりそうだ。