遠藤周作さんの単行本が2006年に出版されている。書店で平積みされた本を手にして、不思議な気分になる。なぜ今になって遠藤周作さんの新刊があるんだろう。
遠藤周作さんが素晴らしい作品を残したことは知っている。ネスカフェのCMで整然の映像を見たことがある。何冊か小説を読んだこともある。今度外国の有名な監督が『沈黙』を映画化することも知っている。要するに、今でも人気はあるのだろう。でも、なぜ最近になって単行本で新刊なんだ。
その本をぺらぺらとめくっていたら意味が分かった。最近になって発見された原稿があり、それを単行本化したのだそうだ。
なんだ。それは凄い。凄いけど、果たして採算あうのだろうか。タイトルには著者の自信が現れている。ならば買ってみるか。そう思い、購入した。ずいぶんとしっかりした本だけど、フォントは大きいし、行間も広い。なんだかなぁ。
内容は手紙の書き方。ワープロやインターネットなどが普及よりはるか前の話だ。その時代における手紙の書き方か。実用書とまではいかなが、「手紙を書くということ」から説き起こしている。
昭和の記録に類する本だとはいえ、手紙についての注意はe-mailの時代になってもさほどかわらないだろう。この本では、手段ではなく意図についての話が多いから。
とはいえ、ラブレターの書き方が今の人にどれだけ適用可能なのかは怪しい。というか、逆効果なんじゃないか。デートの誘い方や女性の対応など、小津安二郎の世界だ。世間に暮らす人の本質は変わらなくとも、表現方法は時代時代で変わるだろう。その意味で、この本の半分くらいは昔の社会を懐かしむよすがとして読むにとどめるほうがいいだろう。
さて、この本のタイトルにある10ページといったものは本当に10ページまでにあるのかといぶかしげに読んでいたら、ちょうど40ページで「そろそろ10ページだ」という記述を見かけた。つまりは、昔と今では、本の厚みが4倍違うのか。今は内容が1/4になってしまった本を買わされているということだ。まったく、新刊はぼろい商売だよ。