ハプスブルグ家と音楽の歴史について知る必要があり、何かよい参考書はないかと探していて、アマゾンで検索結果からよさげなこの本が目にとまった。ワルツの歴史を主題にしているけれど、同時に世界史、とくに中欧について知ることができた。出版社の解説文には、「会議は踊る」や「美しき青いドナウ」というキーワードがあったから決めたのだけど、結果的にこの本はとてもよかった。。
ハプスブルグについての事前知識はさっぱりないのだけど、それでも当時の東欧諸国の歴史変遷の面倒くささについて知ることができる。知るといっても「テストでいい点画撮れる」ということではない。ワルツの発生と進化という観察視点は明確だけど、もっと広い意味での音楽の発展の様子も概観できる。本のタイトルとぼくが知りたいこととは微妙に違うのだけど、著者の視点がはっきりしている分、話の迷路に迷ってしまうことがなかったから同時に別のことも知ることができたのだと思う。話の流れが明解ならば、わき見をしながらでも付いて行けたのだと思う。
この本を読んで思ったこと。
音楽がどうやって発展するかは、音楽家の個性が決め手だとぼんやり思っていた。当然だろう。作曲家が作曲するのならば、どんな曲になるのかは作曲家次第、つまりは、その個性によって音楽が定まるはずだ。
ところがこの本を読んでいくうちに、音楽を受ける聴衆や音楽家と聴衆を含めた社会の動きも無視できない力を持っているのだと知った。聴衆が演奏家を育てるというような言葉は、ある種のお世辞だと思っていたので、新しい発見だった。聴衆や聴衆を含めた社会が演奏家を育てているのか。
理由は簡単で、だれが演奏家の生活を支えているのかを考えれば自明だろう。作曲家も人間だから、生活費が必要で、演奏家を抱えるには何よりも収入が必要。より多くの収入が見込める企画を多くだし、音楽そのものも良い人が聴衆の大きな支持をうける。当然、その次もその人だろう。となれば結果的に社会にはその人の音楽が広まっていく。
要するに、音楽は人のためにあるからだろう。食料を作る人は自分のために働いているといえる。今の農家は自分の食事とはあまり関係なく食べ物をつくるが、原始的な集団であれば自給自足なので、自分の活動は自分が生きるためである。一方で、現代の分業という意味での仕事という意味ではなく、音楽は本質的に他人のためにある。本質的に聴いてもらうためにあるんだと思う。
だから新しい音楽を考えても、それを人に聴いてもらわないと意味がない。宮廷だけが聴いていても宮廷音楽家でないと生きていけない。居酒屋などでお客さんへのサービスとして音楽を演奏していた時代には、お客さんからの評価が大切で、それがよければ職業として成立することになる。お金を出しても聴きたいという人が増えれば、演奏場所は居酒屋から舞台、そしてコンサートホールへと活動範囲が広まる。外国などの自分が住んでいる地域以外でも興業ができる。そして、人気がある音楽家は多くの作品を試せる機会が与えられ、結果的に良い音楽が生まれることとなる。となるとさらに聴く人が増える。これが繰り返し起きていく。ここまでは、全く当たり前のことである。誰だって知っているというだろう。
で、本当にそういうことが起きるのだろうか。その「実験」と呼べることが実際ウィーンで起こったのだ。ハプスブルグ帝国で、ナポレオンが登場し、戦争で国の情勢が落ち着かないときに、ウィナー・ワルツという音楽とシュトラウスという人々の生き方を辿ることで、その実験の様子を見ることができるのだ。音楽の歴史は、その社会でどんな音楽が望まれたのかを表しているのだと知ることができる
音楽について考えていくと社会の動きを知る必要がでてくるのだ。それは気取って言っているわけでも、頭がよさそうなことを言いたいわけでもなく、そうなってしまうのだ。音楽以外の社会の動きが音楽への要望に関係するから、結果的に世界史や技術史も視野に入れざるを得なくなる。結局、人の活動は人の活動全体に影響を受けているのだと悟のである。
音楽というのは、作曲家の個人的な思いつきで発展するのではなく、社会に影響される。ならば、音楽以外も同じだろうか。例えば絵画の歴史もそうなんだろうか。世界史とリンクしているのだろうか。今すぐに調べることはできないけれど、今後古本を探すときにそういう視点ももって本選びでもしてみようかと思っている。