ハーメルンの笛吹き男
ハーメルンの笛吹き男の童話は、おそらくはグリム童話で読んだのだと思うが、ハーメルンという街の名前と結びついている唯一の情報だ。普通の日本人ならばそうだろう。笛を吹いてネズミの大群を河に引き出して退治し、退治料を街から拒否された復習に街の子どもたちをねずみと同じ要領で笛を吹いて集めて集め、どこかへ引き連れて行ってしまうというお話。教訓とといえそうなものは、正直であれとか約束は守れとか、そういうたぐいのことしか思い浮かばない。もっとも、童話が必ずしも子供への教えから生まれたものではない。単に面白い話なだけかもしれないし、実話がもとネタとしてあるのかもしれない。この話を聞いたとき、笛を吹くだけで子供を集められるだろうかが気にかかった。でも娯楽がない時代ならばありえるのかもしれない。日本にだって戦後しばらくまではちんどん屋があったのだから、子供が歩く距離にもよるが、子供を集めて引き連れることは可能だったのかもしれない。まぁ、ぼくを含めてたいての人の感想はこんなところではないだろうか。 この本は読み物というよりも論文のような内容である。この本を読む人がまず惹きつけられるのは「子供は何処へ消えた」というミステリーの面白さだろう。著者の最初の動機もそうなはず。ただし、単なる謎解きではしつこく考えることはないだろう。その人の代表的な研究成果というものは、単なる興味が動機ではなく、研究者自身の存在を問うような問題であるはずだ。例えば、このハーメルンの問題について東ヨーロッパ移住説を唱えている人がいる。それらの研究成果のうち代表的なものを考察した人は研究者自身が東ヨーロッパ出身であり、その人がハーメルンから移住してきた人たちの子孫かもしれないと考えられる人だったりする。自分の問題だから、どういう結果になろうと考えてしまうのだろう。頭がいい人が調べ考えた結論よりも、自分の問題として探究した人の結果のほうが、魅力を感じてしまうことがあるようだ。 最後まで読んだ感想は、結論がない、である。ハーメルンの笛吹き男についての背景(社会、歴史、他の研究)についてはとてもよく調べられている。必要なものは原著や原資料を当たっているし、当時の世界についても、歴史的資料がほとんどない普通の人(農家、賎民)のものにいたるまで調べられている。ハーメルンだけでなく、ドイツ全体についても調査が行われている。しかし、それらを検討した結果、「で一体何なのさ?」にあたる結論がない。すくなくとも、ぼくはよみとれなかった。ぼくの期待したものは著者の説である。研究であるからには、なんらかの結論、著者オリジナルの結論がいると思うのだが、それがない。なんだか腑に落ちない。13世紀のしかも記録がないことについての「新説」などは、考えて見れば意味がないかもしれない。子どもたちは何処へいったのか、とか、実は嘘だったとか、そんな説を新たに生み出すことは意味がないということは理解できる。だからといって、著者なりの結論がないというのはどうも受け入れがたい。研究所とよりより、ハーメルンの伝説にまつわる歴史のようなものだとするよりない。そして、それは解説であって、研究ではないような気がする。 |
