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中世を旅する人びと

阿部謹也
ちくま学芸文庫
お勧め指数 □□□□■ (4)
購入店 八重洲ブックセンター

 賎民と呼ばれるひとたちがいる。中世ヨーロッパの歴史には記録にとどめられていないらしい。書き留める理由は価値があるからだろうから、マイナスの価値の人々が記載される可能性は低い。しかし、記録にないからといって、社会に影響を与えなかったわけでもないし、その影響が現在にまで波及していないということはない。いやむしろ、意識の水面下に追いやった人々の存在が、歴史的事件のような形ではなく、通奏低音として社会の方向を決めてきたかもしれない。

 この本を読んだからといって、なにか高尚なことを知ることにはならないが、中世の「世の中」というものはなるほどそいうことなのかと知ることはできる。頭の片隅でもやもやしていることが晴れるかもしれない。中世はなぜ暗黒なのかだ。必ずしも魔女裁判が怖いのではない。恐怖がどういう形で人の生活に影響するかを知ることが出来るのだ。例えば学校でのいじめはいろいろと問題になるし、社会においても下流などという言葉が流行するくらい実質的に差別的な嫌悪は現在でもあるのだから、中世では無知からくる恐怖心のはけ口に賎民史された社会的立場が弱い人たちは、さぞかし損な暮らしぶりだったのだろう。そして、この本を読めば、実際そうだったとわかる。
 どういう人が賎民として扱われたのか。粉ひきやパン屋などと業種リストを並べられても、それでは何かがわかったことにはならない。粉ひきが賎民となってしまう心理的なメカニズムはどんなものかを考えなければ。たとえば、水車を利用するので聚落から孤立した場所に住んでいると、集団行動をしないから。そして、川という自然の中で動力を扱うので、科学的な考えを全くしない人にはある種の疑問から恐れが生まれる。そして、恐怖から猜疑心が生まれ、結果的に差別の的になってしまう。
 また、中世では粉ひきを自分ですることが禁じられていたそうだ。指定された粉ひき助に持っていく必要があり、そこで税金とられる。領主がピンハネするための決まりでしかない。苦労してつくって税金を取られ、さらに自分でもできる粉ひきを強制されることでまた税金をとられる。領主を恨むわけにはいかないから、自然とその作業者である粉ひきが恨まれる。ただせさえ共同体から離れていることで警戒されている粉ひきは、農民から猜疑から生じる恨みや蔑みの対象になるのである。要するに、心理的に起こるベくして起きているのである。そういうことが、この本を読むとわかる。

 この賎民を生み出す心理メカニズムは、中世特有なものではない。現代においても普通に発生しうることである。興味が蔑みに変化することなどよくある。この種のいじめはオトナの社会、たとえば会社内でも適用できるだろう。中世を学ぶことは、もう過ぎ去ってしまった社会についてを知ることでもあるが、表面的にな知識層の下にまで達すれば、今の社会でも十分適用可能な人についても学ぶことができるのである。そのような理解へと達する道筋は、テストで点取りを目標とした学校教育でも誰も教えてくれない。

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