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父と息子の往復書簡

山本七平+山本良樹
日本経済新聞社
お勧め指数 □□□□□ (5)
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 金にならないことを一生懸命やっているあいだは、人は堕落しない。 
 山本七平というキーワードで定期的にブログを検索しているが、先日このフレーズがヒットとした。いかにも山本七平さんらしいの含蓄の深い言葉である。もっと読んでみたい。なんの本に載っているのだろうか。これまでそれなりに山本七平さんの著作を読んできたが、このフレーズを目にしたこととはない。どの本にあるのだろうか。インターネットで検索したところ、この本であることがわかった。ほんと、インターネットの検索って便利だ。人生を倍生きられるのではないか。

 この本は父と息子の往復書簡である。20年くらい前、ビジネスマン父がどうのこうのいう往復書簡の翻訳本がベストセラーになったことがあって、それがなんだかフィクションぽく、あまり良くなかった嫌な思い出がある。それ以来往復書簡本は読んでいない。この本の存在は知っていたのだが、敬遠した。ブログで注目したのも何かの縁だと思い、古本で買って読んで見た。
 読んで見て、正直感動した。今年読んだ最高の一冊の候補だろう。こんなによい内容なのだから、ぜひ文庫本化しておいてもいいと思うのだが、ここはひとつちくま文庫あたりががんばってほしい。
 内容は表題の通り往復書簡である。父である山本七平さんは東京、息子さんはニューヨークにいる。息子さんはキリスト教の神学校を卒業したあとアメリカの大学に留学し、ニューヨークで詩人(文筆業もだろう)をしてらしい。なかなか大変な職業で、作品が直接される世界だから、親の七光りは及ばないし、そもそもアメリカだから個人の力量でやっていくよりない。生活しけているのだから、なかなかの腕前なのだろう。

 書簡にはニューヨークやアメリカの出来事、現地で知りあった人などについてを父親に報告しているようなもので、それ自体が興味深いというわけではない。返信として父親が評論をしたり、疑問を投げ掛けたりする。山本七平の書く文章は、息子への手紙であっても、山本七平の評論であって、ため息がでてしまうくらい明晰である。なんでそんな考え方、分析ができるのだろうかと。一方、息子さんは父親にたいして父親に「尊敬」の念をもって接していることが読み取れ、やり取りが父と子のものである。少し前の親子はみなこんな感じだったのだろうか。ぼくとは違う立派な息子である。
 とはいえ、親子で意見の違いも感覚の違いもあり、それがもとで往復書簡がかみ合わなかったりするところがある。音楽でいえば「不安」的な調がある。決して素直な息子ではなく、議論を投げ掛けたり、父親を批判したり、反逆的なところがあったりする。

 なによりもこの本が親子のやり取りの理想型ということで終わらない凄いところは、山本七平さんが途中で病に倒れてしまうところである。親子で意見の違いが露呈し、息子が父親を批判するような挑戦的な手紙を書いたくだりがある。父である山本七平さんがどう対応するのかを息を飲みながらページをめくったら、病気で入院してしまったのだ。手紙からうけたショックなどというものが原因ではなく、単に老齢からくるガンによるものであったらしい。ガンはとにかく痛さとの格闘であり、痛がりつづける闘病についての息子さんの手紙を読むにつけ辛い気持ちになる。良くなったり悪くなったりしながらもやがて父は回復し、往復書簡の続きを書けるまでになる。
 こういうドラマチックな手紙のやり取りなど、作ろうと思って作れるものではない。さすがは山本七平さんだ。この本の最後を読み終えたとき、涙があふれそうになって困った。帰りの通勤電車の中だったから。乗り合わせた乗客はほろ酔い気分のサラリーマン、携帯をいじるOL風の人しかいなかったので、あまりみっともないことにならないでよかったのだが。

 別に感動して泣きたいわけではないし、それを本に求めてなどいない。しかし、感動して泣いてしまった本は、一生かかってつくるぼくの本のリストには無条件で加わる。本っていいなぁと本心から思えるかどうかは、そのリストがどれだけ長いかだろうなと思う。まだ入手していない山本七平さんの本をちまちまと集めようかな。

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