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世界の旅ぼくのおみやげ図鑑

森本哲郎
ダイヤモンド社
お勧め指数 □□□□■ (4)
購入店 amazon.co.jp

 2005年に刊行された森本哲郎さんの旅行みやげ物の図鑑。いろんなものがあるが、それはみな実用品ではなく観賞品である。写真つきでそれらを購入したときの思い出がエッセイで綴られている。エッセイであっても、かならず文明論とリンクしているところが森本哲郎さんの本なのである。おみやげものを前に文明を思索できるなんて、なんて幸せな能力なのだろう。うらやましく思いながら読んでいると至福の時間を過ごせる。世の中にあまたいる哲学者や文明批評家は机上の空論の世界の人であるが、森本哲郎さんは文字通り世界中を歩いた人であり、だからこそ書き得るエッセイなのだ。この本の出版は森本哲郎が80歳のときのものである。ぼくが昨日まで読んでいた1970年代の文章ととくに変わったところはない。年齢というものが文章に存在していない。森本哲郎さんの思索があるだけ。年齢不詳になれるのが、文章を書くことの素晴らしさの一つなんだと納得する。

 数カ国でいいならば普通の人は旅行したことがあるだろう。ぼくもある。しかしお土産というものをあまり買わないできた。逆に、実用品ではないものを買ってしまう人を「旅慣れていない」と見下してしまうところがあった。だから手元にはデジカメで撮影した画像ファイルがたくさんあるだけ。手で触れることができるおみやげ物は数少ない。これがスマートな旅行なのだと思っていたが、実は間違っていたようだと気がついた。なぜなら、旅のことを思い出すには、いちいちパソコンを立ち上げる必要があるからだ。それがおっくうになったり、ファイルがどこかへ消えてしまったりすると旅の記憶が風化してしまう。いくつか手元に物体が残っていたら、そんなことにはならないだろう。

 初めて海外旅行に行ったときは無分別にいろいろとおみやげを購入した。置物が多かった。自宅に戻ると置き場所にこまった。陳列棚などを用意できないし。かさばるだけで面倒なものだ、これは無駄遣いだったのだと反省し、それ以後あまり買わなくなった。しかし、この本を読んで見ると、この分別がぼくの人生を実につまらないものにしてくれたようだ。ちょっと値段がはっても、品質が良くなくても、おみやげものを買うときに躊躇してはいけない。品質などおみやげものの「機能」とは関係がないからだ。
 おみやげものは自分の記憶のタグである。物質として存在するおみやげものならば、それらを見たり触ったりすることで購入したときのことを鮮やかに思い出すことができる。そのときの旅の行程など忘れてしまったとしても、みやげものを買った店やそのときに気温やどうしようか迷った気持ちなどはすぐに蘇ってくる。不思議なことだ。おそらく、お金を払って買ったから印象深いのだろう。しかも値段が高くて悩んだときほどその心情まで鮮明に覚えていたりする。そして、それが記憶のタグとなり、その前後のことを記憶の底から引っ張り出してくれる。そうそう、あのときはこんなことがあったのだと。写真もよいが物もよい。結局、生きているうえで身に付けられるものは生きてきた記憶だけなのだとすれば、おみやげこそ大切なものだ。生活の利便をはかる機能など全く必要ないではないか。

 この本を眺めていたら、ここ15年くらいの旅でほとんどみやげを買っていないことに気づき、ひどく後悔した。なんで土産を買わなかったのだろうか!! 他人に「なんでそんなもの買うの?」と言われても、全部無視しなければならない。どこへ置こうか、などと考える必要はない。置くところは工夫すれば必ずある。しかし記憶は失ったらどうにもならない。みやげものがあれば(それはなんでもいい)記憶どんどんたぐり寄せることができる。そして、それこそが本当の人生の資産なのだ。みやげものを買わないほうが一見旅慣れたスマートな振るまいに思えるが、自分の記憶を過信しすぎた愚かな行いだったと後々後悔することになるだろう。食べ物は消えてしまうが、使い道がないおみやげものでも「これはいい」と思ったものを苦労して手に入れること。これが旅を自分の人生の資産にするコツだと言えるのだろう。

 ぼくの手元にはソクラテスのミニチュア胸像がある。アテネに行ったときに小ぶりのものを購入したのだ。普段ならば買うことはなかったはずだが、森本哲郎さんの何かの文章で、書斎の机にはアテネで買ったソクラテスの石像の土産が置いてある、というもの読み、いいなぁと思ってマネしたのだ。アテネに一泊だけしたとき何はさておきソクラテス像を探して回って買い求めた。
 お土産物屋に群がるのはバカな人がやることだと思っていた。が、そう思っている人こそ旅について考えたことがないのだと悟った。旅は結局ところ人生の思い出を作ることであり、そのために記憶のカケラを必要とする。ならば旅先でお土産物を見て回るのこそ王道なのではないか。その店が老舗でなくとも、露天商でもホテルでも空港でもいい。どこだっていい。じっくりと見て買う。土産物屋で身銭を切る分、無感動に観光をつづけるよりも記憶が鮮明になるのだ。

 なんだか旅にでたくなった。土産物屋を漁って見たくなった。よし、今年も旅行に行こう。そして、じっくりと土産物を見て回ることにしよう。アテネとイタリア、そして南フランスあたりがいい。各都市に2日くらいずついて、うろうろし、土産を漁る。ワクワクしてきた。こういう気分にさせてくれるから森本哲郎さんの本は大好きなのである。