実に遠回りな説明である。なにせ、1/3は本の話ではなく日本経済の話なのだから。大不況という単語は経済の状況を意味するから経済の記述があってもおかしくないが、著者は経済学者ではない。読者もそう思っている。だから読みはじめて大いに戸惑う。これって、経済の本だったけか?
じゃぁ、その経済の話はつまらないのかといわっれば、そんなことは全くない。橋本治さんの理解を順に説明してくれるので、とりあえずは聞いてみようと思う。が、長い話になりそうだ。そう思って読んでいると、なるほど経済とはそういうことだったのかと感心するところが多くある。経済に疎い普通の人は今の条ッ今日をこう理解すればいいのか。専門用語、特殊な概念で煙に巻かれるということもない。下手にそんな単語を覚えると、自分でもわかった気になるところが怖いのだが、こほんは単語でななく状況を理解させてくれる。なるほど、この本は「あり」である。
大不況になると本が売れなくなるらしい。不景気だから本屋も流行らない。お金を使うもの全てが売れない。一般にはそう理解されている。
しかし、それはうそだろう。不況だろうが何だろうが、流行っている店はある。そういう店は「安くて品質がよい」ものを扱っている。食べ物でも洋服でも同じである。だから本だって同じはず。そもそも本は分厚い単行本ですら二千円しない安い商品である。文庫本は五百円以下のもの結構ある。それが売れないのは不況のせいではないだろう。問題は、本が面白くないことだ。あるいは、好景気でないと売れない本しか出版されていないことによるのだ。
一理ある考え方である。ところで、好景気でないと売れない本って何? 「いるんだかいらないんだかわからない」ようなものがこのカテゴリーに当てはまるそうである。本もそう。なるほど。でも、それって何さ? どんな内容のことだろうか。
橋本治さんによれば、本は「どう生きようか」ということを考えるときに読むものであるという。人生論だの哲学だの難しいことを言わないでも、いわゆる小説だって「どう生きるか」を扱っているはずである。となれば、大抵の本はこのカテゴリーに入るはず。経済状況によらず人は生きていくのだから、本だって景気によらずそれなりに売れるはずだ。となれば売れない理由は、どう生きるかに関係ない本が書籍売り上げの主流になっているからだ。
最近の街の本屋さんはスゴイことになっている。行きつけの本屋が決まっているぼくは、めったに知らない本屋には立ち寄らない。が、それでも待ち合わせのために時間潰しで小さな街の本屋に入る事がある。そして、寒気がするのである。書店に並んでいるのは雑誌と背表紙が白い本ばかりだから。
白い装丁の本は基本的に「実用書」である。何々の仕方。昔から定常的に売れるのだろう。いわゆる「知識」が本棚に並んでいると思えば良い。そして、そういう本は100%つまらない。こういう本を読んで「面白かった」などという感想を持つことはあり得ない。
もし多くの書店がこんな感じの品揃えだとしたら、なるほど出版業界は不況の影響を受けるはずだ。そして今後はますます斜陽化するだろう。ネット情報はただだから、品質をとわないようなやっつけ仕事のために実用本を買う人は減る。それにこういう本屋で本を買っても「面白い」ものに巡り合えないだろうから、「本好き」の人は育たない。となると、今後も本を買う人は減る。売れないからつまらない本しか出版されなうなり、さらに本を買う人が減る。こういうデフレスパイラルのなかにあるらしい。
しかし一方で、大型書店が近所にある人はそんな思いですむ。いろんな本を見て取れるから。とはいえ、最近の大型書店であっても例えば1Fの新刊展示の方法をみていると売れる白い装幀の本が増えつつあるようだ。ぼくのお気に入りだった八重洲ブックセンターも最近の展示替えでつまらな本が全面に展示されるようになった。本のデフレは本格的のようだ。
読む本の傾向を少しずつでいいから変えていこうかと思っている。この先の社会、お金がなくとも「愉快」で「学べる」娯楽は読書しかないから。生きている間は感動する機会を増やしたい。それには歴史に耐えた「良い本」を自分なりにしぼっていきたい。