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匂いの記憶

ライアル・ワトソン
光文社
お勧め指数 □□□■■ (3)
購入店 日本の古本屋

 ライアルワトソンの本が読みたいと思って、中古本をさがし、この本を購入した。amazonマーケットプレースでは結構高価だったが、日本の古本屋のサイトで1000円で売っていた。即購入。

 ライアルワトソンの本が日本でどの程度人気があるのか知らない。しかし著作のほとんどが翻訳されているから、根強いファンはそれなりにいるようだ。ぼくがこの人を知ったのは茂木健一郎さんの著作で言及されていたから。だが、そういう人も結構いるのかもしれない。最近は福岡伸一さんにが宣伝している。amazonで調べると、茂木健一郎さんや福岡伸一さんの本を購入した人の関連サーチにワトソンの本が挙がってくるから。

 この本は、匂いの機能を侮ってはいけないという内容である。匂いが記憶に与えている影響なら誰でも経験あるだろう。ふっと何かの匂いを嗅ぎ、それが懐かしい匂いだったりすると、その瞬間に過去の自分に戻ってしまう。誰でもそんな体験があるはずだ。昔を思いだすのではない。身体の内部が「昔に戻ってしまう」という思い出し方である。それも一瞬で。しかも当時の周辺記憶も一緒に再生してくれる。

 匂いについて僕が覚えていることは次のような感じだ。匂いの処理は脳の古い部分(新皮質ではない)部分で行われる。知識だの論理だのを越えて、動物的な意味で過去に戻る。本能という感じで。

 この本を読みながら、匂いの機能を利用すれば自分の感情を制御できるんじゃないかと考えた。この本を読んでいる最中、電車の中での出来事がヒントになっている。

 通勤電車でこの本を読んでいた。たまたま隣に座ったOLさんから香水が香ってきた。次の瞬間、ぼくは成田の出発ゲートに向かう絨毯を歩いていた。そう錯覚した。一瞬だが完全に電車の席で座っていることを忘れ、ウォーキングベルトの脇を歩いてゲートにいたのだ。なぜそんな錯覚したのだろうか。隣の人の香水が免税店に充満するタイプのものだったからだ。

 ぼくが海外へ行くときは「ワクワク」した気分である。絨毯を踏みしめながら、ちょっとした不安と大きなワクワク。12時間のエコノミー席は地獄だけど、初めての街を見れるかと思うとうれしい。そんな期待する心象風景が現実感を伴って現れる。身体は通勤電車なのに、記憶はどうにでもなる、匂いによって。

 そんなことを考えていたら、本書のヤコブソン器官がどうこういう議論には「味」を感じなくなり、成田の絨毯の感触ばかりが繰り返し思い起こされた。匂い一つで人の意識を「乗っ取れる」可能性があるわけだ。ならば、ある種の「薬」にならないだろうか。

 ただ万人の向けのものはできない。個人用に調合するよりない。匂いには構成要素があり、それをブレンドすることでいろんな匂いを合成できたとしても、どんなことを思い出すのかは、なかなか制御できないし。とはいえ、諦めるにはもったない。継続的に考え続けてみることとしよう。