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ペルセポリスから飛鳥へ

松本清張
NHK出版
お勧め指数 □□□□■ (4)
購入店 小宮山書店ガレージセール

 松本清張さんの文章を初めて読んだ。日本を代表する大御所作家だが、ぼくは推理小説ファンではないので、『点と線』などのタイトルは知っていても読んだことはなかった。勉強しなきゃ、教養を広げなきゃ、という動機で読書に臨んでいたので松本清張さんの本を選択する余裕がなかったのかもしれない。

 この本は古代文明に関する紀行文だろう。そう思って購入した。古本屋のワゴンセールで一冊100円。最初の一ページを読みはじめて、その文章にいたく感心した。内容よりも文章で引き込まれた。日本語というのは、こうかけばいいのか。完結で無駄がない。いってみれば単なる記述。それでも、段落をどう新しくするのか、読点を何処に打つのか、そういったことが見えてくる。何気なく読みはじめたにもかかわらずそういうところに目がいった。内田樹さんのようなフレンドリーさがないから寂しく感じる人もいようが、日本語の論文の文章というのはこうあるといいのではなかと思った。石と石の間に隙間がない構築物のような文章である。

 松本清張さんの小説はどんな日本語になっているのか興味をもった。こんな調子で構築された小説だと逆に面白くないかもしれない。小説は小説、論説は論説と書き分けているのかもしれない。なににせよ、ブックオフで文庫本をあさってみようと思っている。

 本をたくさん読む効用には、いろいろな「書き方」「スタイル」を知ることができるということがある。自分が目標とする人の文章を真似ることから練習を始めるものだと思っているが、あまりにも完成している作家の文章などマネしようとう気分にならない。いつかはこんな感じに上手になりたいな。そんな心に思い描く遥か先の到達点として扱うよりないだろう。司馬遼太郎さんのような文章はマネしよう気にならないし目標にしたいとも思わない。凄すぎるからである。松本清張さんの日本語は論文を書く際のスタイルとして自分に取り入れてみたい。そう思えるくらい、くせがないのである。

 文章に感心しながらも、イランの古代遺跡を巡る紀行文を読んだ。七十年台の話だから今と違って旅行時に不便なことも多かっただろうが、ペルセポリスやイスファンなど有名どころを一通り滞在している。滞在先のホテルは超豪華なタイプだったりして、それなりに観光の気軽さで行けたのかもしれない。その辺りが森本哲郎さんの紀行文とは大分違う。森本哲郎さんの場合は紀行文と地理、歴史、文学などが入り乱れる思索が展開されるところだが、松本清張さんは紀行文に徹している。

 イランを巡る話で終わるのかと思いきや、後半は古代日本とイランの驚くような仮説を提案し、あれこれ思索を展開している。飛鳥時代に中国を経由しないで胡人(イラン人)が日本と南朝鮮に人と文化とが流入していたというのである。ゾロアスター文化圏の人が工人の棟梁のようなことを日本でしていたと。飛鳥地方には亀石など不思議な彫刻された岩がいくつも出土しているが、それらをペルセポリスで多く見られる石像(牛やグリフィスなどの柱頭?のようなもの)とを関連させていろいろ推理し、仮説を展開している。考察だからいくらでもすればいいのであって、その真偽をぼくのような素人が判断する必要はない。ただ楽しんでしまった。この推理をまとめた小説は出版されていないのだろうか。NHKの番組のためにこの本を作ったようだけど、結果的にどのようなものが放映されたのか知りたいところである。