« 化粧する脳 | メイン | セレンディピティの時代 »

寝ながら学べる構造主義

内田樹
文春文庫
お勧め指数 □□□□□ (5)
購入店

 この本を読むのは2回目。なんだか無性に読むたくなって手にした。そして、一気に読んだ。タイトル通りにソファーに寝転がって読んでみた。げらげら笑いながら読めた。内田樹さんの本を読んでいると、ぼくは母国語が日本語でよかったとしみじみ感じる。

 この本をまた読んでみよう。そう思った具体的なきっかけは何だったのか思いつかない。ただ頭の片隅にこの本がちらちら浮かんできて、気になって仕方なかったのだ。集中できないこともあり、その衝動を静めるために読み返した。ぼくの意識が知り得ない無意識が「この本に書いてあったことが重要だから読み直せ」とばかりに指令したのだろう。既に読んだ本が気になって仕方ないという体験は初めてだ。そもそも一度読んだ本を読み返すこと自体がぼくには珍しい。

 この本を一気読みした後は満足したので、別の本を読んだ。しかし、その本を読み終わったあと再度この本を一気読みしてしまった。ここ3日間で二回も読んだことになる。一体どうしてなんだろうか。自分が何に興味を持つのか、その本心を理解できない。その衝動を自分では制御できないから従うよりなのだけど。

 この本を合計三回読んだ。だからといって「構造主義」とは何かを知ったわけではない。マルクスもソシュールもニーチェも、フーコーもバルトもレヴィ=ストロースも凄いなぁと感心した(ラカンについてはもう一つピンとこない)。ただし彼らの名前を記憶しただけではあまり意味はない。何かを理解したとは、自分でそれをゼロから構築でき、実生活のなかで使えるかどうかだ。それくらいできないとダメだろう。さしあたって、これまで考えてきたいくつかの問題を見つめ直せば「あれ、なんでこんなこと気づかなかったのだろうか」と言えるようなものがないとこほんを理解できたとは言えないだろう。

 一応、この本を読んだあとで自分の見方に変化はあった。ちょうど総選挙の時期だったのでニュースではいろいろ言われていたが、「誰が」リーダーになるかで日本は変わるというような話ばかりであった。ニュースキャスターも解説者も血相変えてその話をしていた。お前らダメだと。東京都民であるぼくも選挙では一票投じたが、それで社会が変わるとは思っていない。だから何をそんなに主張しているのだろうかと奇異な目でニュースを見ていた。党や総理が変わると政治はかわるのだろうか。役所指導から政治主導に切り替えれば変わるのだろうか。

 ではなぜ今までのような政治がずっと続いてきたのか。戦後の問題というが、戦前はどうだったのか、江戸時代はどうだったのか、その前はどうだったのか。井沢元彦さんの著作を楽しんで読ませていただいている。だから、日本の政治のあり方は日本の状態から生まれており、歴史を通じてそう変わりないという意見をもっている。誰が指導したとしても「空気」みたいなものが意思決定者の周りに立ち上がってくれば結局今まで通りになるだろう。名前ややり方がちょっと変わるかも知れないけど。

 何かがうまくいかないのは誰かが悪いからだ。その原因を消去すればうまくいくようになる。そういう考え方がある。あるいは、この問題の本質はこういう事だ、という発想でもいい。ある特定の原因が存在し、現在の状況はその結果であるという発想は、どんな人でもそれなりに自然に思えるだろう。「本質」という言葉はどの分野にも登場するだろうから、どんな勉強をした人でもこういう考えに落ちるはずである。もちろん、それでうまく場合はそれなりにある。だから、そう考える人が多いのである。

 一方で、状況なり構造なり、特定の原因とは言えないものを考察対象にする技術がある。その場合、議論する対象あるいは疑問点は次元が少し上がる。従来の単一の要因論という考え方を変えないと上の次元に到達できない。この本にあるような説明を聞いて初めて議論の次元を上げるとはどういうことかに気がつくことができるのだ。

 いわゆる犯人探しとは別の次元。そんな議論を実際にどうやるかは状況に依存するから、なかなか日々の生活の問題相手に適用できるものではない。ただし、これまで簡単には解けなかった問題にはこの考え方で接しないとどうにもならなかったものがあるかもしれない。へぇ、構造主義ってすごいなぁ。現代思想というのに少し感心した。といっても、内田樹さん以外の人の本を読んでも、さっぱりなんだけど。