すべての道はローマに通ず<上><下>
ヨーロッパへ行く飛行機の中では、塩野七生さんの作品を読むことに決めている。ぼくは生きている間はそうしようと思っている。いいんですよ、これ。これから行くヨーロッパにワクワクしながら読むのが。狭くて暗くて、たまに子供が泣きわめく地獄絵図のようなエコノミー席で生き延びるためには、こういう強い本でないといけない。 今回のフライトは南フランスのニームにあるポンデュガールという古代ローマの水道が目的のもの。古代ローマでは最大級の水道橋で、いつかその大きさを体感したいと思っていた。ついに見れるというわけ。そしたら読むのはこの本でしょう。 この本は、古代ローマが作った公共建築の物語である。シリーズの他の巻とはちょっと感じが違うが、読者に語るスタンスは同じ。専門家向けではないし、また、それを意図もしてない。視点はイベントの記述ではなく、そもそも街道なり水道なりという社会のインフラストラクチャーというものはどんな人がどんな発想ででき上がってきたのか。そのイメージを紹介する。 インフラストラクチャーという言葉はニュースでも解説ぬきで頻繁に使われている。社会生活を支える基盤、おもに道路や橋の建設を話題で使われる用語である。もはや当たり前の単語。 インフラ作りは「国」ならば当たり前にやっていると見なされている。だからずっと昔からインフラという考え方があったような気分になるし、誰かが始めたというものでもないように思っている。もっとえば人類が成立したときからありそうな考え方である。が、そうではない。これには始まりがある。 この本では古代ローマのアッピウスを引き合いに出して、街道も水道もアッピウスが手本を見せたという壮大な話を語っている。なんとも愉快な気分になるが、まぁちょっと盛りすぎな感もある。というのは、インフラづくりのお手本になったにせよ、それに対する何がしかのお手本が先行してあったはずで、それは単に残っていないだけかもしれないからだ。それに、古代ローマの記録には、必ずしもアッピウスが先頭になって構想し実現したということではないようなものもあるそうだ。その真偽についてぼくはわからないし、事実を確定させたいとも思っていないので、アッピウス説を記憶することにしてしまう。 こういうところが専門家から無視される理由なんだろうけど、専門家の書く本はどれもこれもつまらないのでぼくには必要ない。足しようの間違いがあってもいい。それよりも、過去の人の偉大さを体感でき、自分も前向きに生きていくための手段のような本が好きで、それで塩野七生さんの本が大好きなのである。 |

