逆立ち日本人論
最近、昔読んだ本を読み返す機会が何度かあった。新刊だとがっかりすることも多いので、より確実に面白い本を読む方法として結構気に入った。どんなに感心し、そこから学んだ本であっても、一回しか読んでいないならまだまだ読んでみると発見はある。数年も経てばかなり内容を忘れてしまうもので、それならば新規に購入することを控え、過去に読んだ本を読み返すキャンペーンをやろうかとすら思っている。とはいえ、買った本のうち半分は読んでいないので、正直新刊を買う必要はないのだが、それでも買ってしまうという悪癖をなんとかする方法ともいえそうだ。 この本は、大好きな両氏の対談であるから、どきどきしながら読んだことを憶えている。表題の「逆立ち」とは対偶のことを指しているようである。論理学か数学を学ぶと命題証明について学ぶが、対偶とはそこで用いられる考え方である。AならばB。もしこれが正しければ、BでないならばAでない。これも正しい。後者を対偶と呼ぶ。 日本人を定義する方法に、日本人ならばこういう人である、記述するとする。ところが実際この方法で定義することは難しい。だからこの対偶を使うのである。こういう人でないならば日本人ではない。ちょっとじれったい表現方法である。知りたいことは日本人とは何か、なのに、日本人でないとはどういうことかを考えるのだから。 内田樹さんはこのロジックでユダヤ人についての考察をしている。なるほど、と思える。なにか別ことにも追うようできそうだ。内田樹さんの問題の捕らえ方を養老孟司さんが高く評価している。そして、それをつかって日本人論になっているのだと思って読めばいいのだ。 この二人の取り合わせの対談、別の機会に出版されないだろうか。新書サイズでもいいので。 |
