木曜組曲
恩田陸さんのなかで好きなこの小説を読み返した。ずいぶんと昔に読んだと思うのだけど結末をすっかり忘れてしまっていたので、これ幸いと出張生活のささやかな楽しみとしてカバンに詰めてあった。それを今日読んだ。もう明日で出張先のでの作業が終わるから、今日中に読み終えないと。緩んだ気分によくあう小説。 女の人が5人あつまってご飯を食べながらぺちゃくちゃ話す。彼女達は物書きか編集者で、そういう人たちが普段考えているようなことが雑談の中で語れている。何気ない感想や愚痴のようなものはきっと著者である恩田陸さんの本音なのだろう。 この女性達、年齢や性格はある程度ばらけているが、おそらく著者の分身だろう。一人の人のなかにはいろいろな性格が混じっているもので、どんな人でもちょっと注意すればそれに気づく。気が強い人だって弱くなるときがあるし、緻密な人であっても話題や気分によって大味なことしか考えられないときがある。5人でいろいろおしゃべりしているのは、著者がぼやっとしたときに頭の中で起きていることなのかもしれない。 読みながらそう感じたのだが、しかしこのは小説である。しかも、推理小説。だから人が死んで、謎解きがあり、結末が存在する。しかも心理的な格闘が読ませるポイントになっている。 確かにそうなのだが、実際描かれているのはご馳走を前にした女性達の行動。一般的な女性がどうなのかは知らないが、この小説での行動は著者である恩田陸さんの妄想で、多くの人から「そうそう、こんな感じになるよ」といわれるものだろう。だから、食べ物の準備、買いだし、調理と、食べて飲んでタバコ吸ってという様子が、そんなものをぼくは見た事がないのにありありと目に浮かんでくる。ほんと、こういうの書かせると上手だ。 しかしこの本は推理小説なんだろうかねぇ。本の表紙や帯などで確認してみるが、間違いなく推理小説・ミステリーとある。しかし読んでいると食べ物の本のような気がしてくる。だって美味そうなのだ。どの料理もお酒も、なるほどこうやって食べたり飲んだりするとおいしいし、さぞかし楽しいだろうな。いいなぁ。結局はそんなところが印象に残ってしまう。読み終わったあともその思いが残る。だから記憶の中にあるのは食になってしまう。 恩田陸さんはつくづく面白いことを書く作家さんだ。この本は、要するに恩田陸さんの好きなことを集めた物語であって、書いていて楽しかっただろう。トリックがどうのこうのという発想はない。不思議なミステリー。 |
