« 木曜組曲 | メイン | 幸福論 »

キラークエスチョン

山田玲司
光文社新書
お勧め指数 □□□□■ (4)

 何を話していいかわからないならば、話す必要はないだろう。そもそも、自分のことをすすんで話す必要などあるのだろうか。自分が有名人でもない限り、自分のことを知りたいなどと誰も思いはしない。それよりも相手にしゃべってもらえばいい。自分は聞き役にまわるほうがずっと良い。こう考えるのがこの本のテーマである。

 他人とコミュニケーションをとるとき、自分が話すよりも相手にしゃべってもらった方が良い結果を得る。これは経験則である。自分のささやかな経験を振り返ってみても、ついつい話してしまったときは自分にとって楽しい思い出になっている。誰でもそういう記憶を持っているはずだと思う。それが飲み会ではなく会議の席であっても自分の話を相手が聴いてくれたら結果的に気持ちがよいものである。会話の内容は自慢話、つまり、いかに自分が立派であることを話したとしてもそうである。単に雑談ならば、相手はずっとらくだろうけど。

 そして、不思議なことに、自分の話を聞いてくれた人を自分は信頼してしまうのである。あぁ、この人はいい人であると。なぜなんだろうか。

 これは特別な人だけ当てはまることではない。この本を読んで、人というものはそういうものなんだと思うようになった。言葉を発することができ、それを理解することができる。それを可能にするハードウエアをもった生物なのだから、会話が成立すると信頼してしまうのだろう。そうぼんやり思っている。

 どうやったら人と上手にコミュニケーションをとれるのだろうか。その技術について興味があるから読むわけである。そして、この本はそれに十分答えてくれる。しかし、それで終わったら普通の本であり、単なるビジネス本の一つでしかない。だから、そのうち忘れてしまう。kの本は印象に残る理由は一つある。

 どうしてコミュニケーションを取りたいと思うようになったのか。その動機に目をむけたらどうだろうか。いったい誰とコミュニケーションをとりたいのでしょうか。今までコミュニケーションを上手にとれなかった人に対して、どうしてまた気分が変わったのでしょうか。

 こんな問いが最後に書かれている。ちょっと面食らったのである。問われてから口ごもってしまった。その問いに答えようとするにつけ、自分を自分で眺めている自分をはっきり意識するようになった。そんな気がする。