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すばらしき旅

森本哲郎
ダイヤモンド社
お勧め指数 □□□□□ (5)

 旅の思い出を数ページの短編でまとめてある読み物なので、たぶん雑誌などの連載だったものだろう。単行本なので挿し絵が入っており、それがなんとも味のある線画で、ちょっとレトロな趣がある。寝る前の静かな時間、紅茶をすすりながら読み進めると「今」の束縛をすっかり忘れてしまう。

 それぞれの話は、以前どこかで読んだことがあるものがいくつかある。ぼくは森本哲郎さんの出版されている本ならば3/4は読破したはず。これはバクダットのホテルの話だとか、ヘッセの通った学校のエッセイを読んだことがあるとか、そういう過去のことも思い浮かんできて、なんとも楽しい。

 旅の思い出話は、聞いている人よりもしている人の方が楽しいはずだ。締切りのある原稿を書くことは著者にとって「仕事」なのかもしれないが、書いているときは思い出を語っているに違いなく、思い出しながら楽しんでいるはず。現在のようなお気楽パック旅行が当たり前ではなかった時代、昔はさぞかし大変だったのだろうけど、旅に伴う大変さや不愉快さなどは過ぎてしまえば楽しかった思い出でしかないので、読者には辛さが微塵も伝わってこない。文中たまにイライラして怒ったというような記述があるが、それはそのあとにつづく面白い出来事の前振りでしかない。読んでいる方としては、結局旅っていいなと思うだけである。

 全く単純な思いだが、ぼくも森本哲郎さんのように旅をしたい。いや、したかった。そうするためにはいろんな偶然が必要になるとわかっている。一つ前に読んだ本で森本哲郎さんの生立ちについて知ったけれど、旅を楽しむために必要な「支払い」を前半の人生でしてきたんだとしった。じゃぁ、ぼくはできたかどうか。戦前の教育だし、赤紙で徴兵されたりと、未来がどうなるかわからないで僕は生きられたのかはわかない。そう思うと、結局はこの本をベッドで読み「あぁ、ぼくもこんな旅をしたいなぁ」と思いながら寝てしまうという生活がぼくにはあっているかもしれない。

 友達や家族から旅行の話を聞いたところで、ちっとも楽しくないものだが、どうして森本哲郎さんの旅行記は面白いのだろうか。それは、起きた事をどう理解しているかによるし、不愉快なももの扱い方にあるし、楽しかったことの表現方法にあるだろう。「楽しかった、ビックリしちゃった」という言葉をいくら繋げても相手にその思いは通じない。疑問と回答の連鎖、そして、ある種の運命的な(オーバーだが)偶然をどう放り込み、そして、お話としてどうやって伏線をカバーし、最後に落ちを付けるか。結局、面白い旅行記というのは、思い白い話になっているはずで、森本哲郎さんならば旅行記でなくても面白く物語れる技術をもっているのだろう。

 自分の体験を種にして、いかに面白く物語ればいいのか。旅行に行った時は、どういう行動をとれば楽しいことにぶち当たるのか。そんなことのヒントにしてみようと思いながらしみじみと読んでしまった。