ぼくたちが聖書について知りたかったこと
池澤夏樹さんが聖書についての本をだしたようで、内容は対談、対象は普通の人というもの。ぼくは古代ローマについていろいろと読んでいくなかで聖書の成立についても何冊か読んだこともあり、ちっぴりだがキリスト教の成立については知っているつもり。その後も世界史を背景した「宗教とはなにか」を考える本ならば見つけたら読むようにしている。この本は、そんな動機から手にした。 対談相手は秋吉輝雄さんという聖書学者であり、池澤夏樹さんの親戚でもある人。池澤さんが聖書について質問し、秋吉さんが答えるという問答と雑談の本である。日本人ならば知らなくて当然(日本で生きていくならば知らないままでも不都合がない)キリスト教について、なるほどなぁ的な語りがある。ただし、両者ともに文化としてキリスト教を捕らえているので、宗教臭は完全に脱臭されており、とても読みやすい。 キリスト教について知らないと困るのは、ヨーロッパ文明(アメリカも含む)のいろいろな作品を観賞するときに、それらの背後にある文脈(それぞれの価値を意味付けるもの)を知りたいときである。それがキリスト教だから。もちろん、風景画や音楽のような感覚的なものを楽しむだけなら必要ないが、作家の背景や生活環境を知るにつけ、あるいは価値観を知るつけどうしても避けて通れない。アメリカ人はその半分くらいはキリスト教徒だから、キリスト教を知らないと彼らの行動に違和感を感じっぱなしになってしまう。それは文化面だけに限らず、経済や政治についてのニュースを理解するときにも必要なのだ。 この本では、主に旧約について語られている。失礼かもしれないが、聖書物語というものは、知れば知るほど「つまらんなぁ」と感じる。安いファンタジーのようなものだし、人を脅して何かをさせようというタイプのものだから、楽しいはずはない。旧約の舞台である砂漠地方の自然は厳しいから神も厳しいのだろう。そうでないと生きていけない。ものだが、日本と中東とは気候が違うので神の性質も違うのだろう。まぁ、これはぼくの感想に過ぎないけど。 最後まで読んだのだが、なんだか途中で終わってしまった感がある。宙ぶらりんだ。ということは、続きがあるのかもしれない。 |
