「狂い」の構造
気になっていたこの本を一気読みした。内容はさわやかとは全く逆方向のおぞましいものであり、狂った人が世の中そんなに溢れているのならば生きていくのが嫌になってしまうよ、というような人たちの話も満載で、面白くもあり不気味であった。そうか、これがホラーの魅力というものなのかもしれない。 春日武彦さんについては、曖昧なものいいなしで精神病の人たちやその症状について教えてくれる著作がある人である。なかなか読むのをたじろいでしまうくらいで、できれば読まないで済ませたほうがいい。とはいっても、人は妙なことに興味を持つもので、ついつい買ってしまう。ということで、ぼくの本だなには買ったいいが読んでないこの人の本が溢れているわけである。 もう一人の平山夢明さんは作家さんということなのだが、ぼくは著者を読んだこと画はない。『ダイナー』という小説の作家だよ、と嫁さんに言われた。年末の「闘うベストテン」というミステリー番付の番組のなかでベストテン入りするかどうかでもめていたあの『ダイナー』の作家なのか。内容はとっても面倒なものだということなので、なるほど「狂い」の放談をするにはちょうどよい人なのだろう。フィクションでは多くのこわい人を書いてきたのだろうけど、実際の怖い人を相手に仕事をしている春日武彦さんとはどんな話になるのだろうか。そんなワクワク感がないわけではなかった。 で、実際「狂った」人の話を聞いている家に、薄ら寒い思いがしてきて困った。そこでの事例を希釈したものであれば普通の人にもあるということだが、大抵は犯罪絡みになっているのである。というか、自分の知人やまったく無縁の人を含めて死んでしまうからである。そこまで行かなくても不幸になったことは明らかで、もうたいへんな被害。幸せになるための条件があるとしたら、自分も自分と関係を持つ人にも、「狂い」の構造をもった人がない事ということになると思う。 パチンコをするために赤ちゃんをバイクのヘルメット入れに入れて死なせた人は、ごく普通の市井の人ということになっているが、本当にそうなんだろうかと疑問になる。給食代金を支払わない人と同様に、「狂っている」人は殺人と関係しないまでも世の中に蔓延しているということである。別の都市に多いわけでもないだろう。ニュースを見ているとどこでだって起きているようだし、単に人口比に事件数が比例しているだけのような気がする。 しかし、現代社会に生きてくのは面倒なことがおおいなぁとため息がでる。仕事だとかストレスフルな人間関係とか、生きていくには面倒なことはいろいろあるけれど、どうやら少なくない数の「狂った」人の中で生きていくのもあまりうれしい気分がしないものである。もちろん、状況によっては自分だってそうなるかもしれないし、自分の家族や知人がそうなるかもしれないという可能性はつねにありつづけることからくる不安もある。 面白かったけれど後味もよくない、というかそれが事実なんだろうから仕方ないなと諦めを誘う本だった。 |
