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何をやっても癒されない

春日武彦
角川書店
お勧め指数 □□□□■ (4)

 春日武彦さんの著作、興味があっていろいろと読み進めることにした。この本も古本。内容は精神科医師のエッセイで、日々診療に訪れる患者さんのことについて、自分自身や普通の人のことを考え合わせて考察した思索である。雑誌連載エッセイなので重い内容のものは含まれていない。ごく普通の人が暮らしている日本の社会には、見ようと思えば見えるだろうという例もある一方、医師にでもならないと見えないものが当然あり、そういう「へんな」事例に付き合わなくていい普通の生活を続けていけることは結構なシワセなことなんだとあらためて感じた。

 タイトルにある「何をやっても癒されない」とは内容に直接関係はない。まぁ、ぼくが本書を読んだ動機に「癒されたい」という思いはなかったので、読んだときに違和感やがっかり感はなかった。精神科医の淡々とはいえない日常を垣間見るに、やりがいがある仕事なのかもしれないが、自ら進んでなりたいものではないなと感じた。ただし、お医者さんは必要だし、この本に登場する患者さんのような人を普通の人が相手にするのはとてもじゃないができないだろうから、是非ともいていただかなくてはならないのだけど。

 この本を読むと考えてしまう。ラッキーな一日があれば、ツキがない一日もある。気分がよい悪いは各自のクオリアがなせる技なので、自分を取り巻く状況を仮に制御できたからといって、感情までもが制御できるわけではないだろう。ある人にとって幸せなことが他の人にとって不幸なことになることは多々あるものだから。だから、この本に登場する患者さんの症状を読んでいると、それらの軽微なレベルのものは普通の人ならばだれでももっているんじゃないか。自己嫌悪、ナルシズム、心配、うそつき、思い出し怒りというものは誰でも憶えがあるだろうし、いわゆる「喜怒哀楽」を代表とする人間らしい感情に含まれている。病院にやってくるのは、こういった症状がどれもこれも「ケタ違い」にすごい人のようである。普通の人がマネできるようなレベルではない。だからこそ病気なのだろうけれど、逆に言えば患者さんと普通の人とは「地続き」なのだ。先天性なものか、事故やケガあるいは薬による副作用ということが原因で患者の人もいるのかもしれないが、そうでない人も多いだろう。

 春日武彦さんは、どちらかとえいば「強い」精神科医ではなさそうだ。何が強いのかといえば、絶対に患者さん側にならないという確証である。春日武彦さんの考えなどを読んでいると、何かあったら境界の向こう側に行ってしまいそうな雰囲気がある。実際「発病したかもしれない私」というものを想定しており、患者さんのことを「発病した私」として診ている眼差しがあるようだ。なかには、死んじまえと思うような患者さんもやってくるようだが、そういうことでは「名医」には成り得ないだろうし、名医でなければエッセイの依頼などはなかっただろう。陳腐な表現だけど、患者側にたてる医師がよいなと思う。

 この人に期待しているのは、精神科の患者さんと普通の人をつなぐ境界のようなものがどうなっているかである。精神科に対しては、なにか怖いものを感じるが、本当の境界はどういうものかを教えて欲しい。そうすれば、街や電車のなかで出会う「おかしな」感じの人との間合いのとりかたをもう少し上手にとれるようになるのではなかいかと思うから。