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Cello Love

石川敦子
パレード
お勧め指数 □□□□■ (4)

 アマゾンのお勧めということでプッシュされた本。なんな気になったのでそのままクリックして買ってしまった。いかん、年収の10%以上をアマゾンに吸われつつある自分に若干の嫌悪感を感じてしまった。

 大分前に『ネバー・ツー・レイト』という本を買った。その関係からお勧めが来たのだ。その本では、オジサンが一念発起してチェロを始める過程が綴られており、それを読んだ時期にぼくもオジサンになってからチェロを弾きはじめたという事情があり、読んでいた。まぁ、あまり良い本ではなかったのだけど。

 この本の著者はニューヨークでバリバリ働く30代女性がヨー・ヨー・マの演奏に感激してチェロを習いはじめるという話である。見つけた先生が良い方で、毎週の練習が楽しくて楽しくてしかない。毎夜の練習がとれないこともあり、会社にチェロを持ち込んで空き会議室で練習するという熱の入れよう。だからだろう、初めて7ヶ月目で市民オーケストラに入ったり、アマチュア対象のチェロ合宿に参加するためイタリアへ行ったりとバイタリティー溢れる女性の奮闘記である。嫌なことは何一つふれられておらず、あったとしてもすべて「不安」に置換えられ、それら最後に驚きへ昇華されている。

 こういう女性象は、ある種の女性のからはみれば完璧であり、ロールモデルであろう。そういう人が好きか嫌いかは別として、この本はほぼ一気読みだった。

 が、正直途中から引いてしまった。ごく普通の人が感動してチェロを始めた、という話だと思って読んでいたが、石川敦子さんは働きバチたる普通のの人ではない。「スマート」な人である。一市井のオジサンたるぼくとはそもそもからして違う世界の人なんだよね。ニューヨークでばりばりと働くという設定からして珍しい(でもないかもしれないけど)。

 だいたいにおいて、オジサンになってからチェロを始めるというのは、毎日の生活に満たされないものがあるからであって、しかも「働き盛り」のはずに練習時間がとれるんだから、要するにコースアウトしているということなんだよなぁと思うのである。まぁ、そうではない人もたくさんいるんだろうけど。

 ダメ人間が成長し何かを成し遂げるという形であれば、それはある種のおとぎ話の型だし、それはそれで面白いだろう。ただし、実際にはそんなうまい話はない。

 石川敦子さんのように、そもそもできる人がやっぱりできるんだよねという話の面白さは、自分がどの世界に属しているのかで変わってくる。ぼくのように、音符も読めないところからスタートした人にはそもそもからして参考になるところは少ないのが現実。単に、音楽好きの人はこういう生活するんんだなぁと知るだけで終わる。なるほどねぇ、というため息と一緒に。

 途中から気なったのは文章である。最初はとくに気にしないで読んでいたけれど、途中から言葉のリズムにどこか定型的なところが気になりはじめた。章の長さがまちまちだったから、これってブログかなぁと気がついた。なるほど読みやすく編集されてるが、プロの文章ではない。というか、市井の人の上手な文章とプロとはやっぱり壁のようなものがあることを初めて体感した。とはいえ、この文章はとても読みやすいので悪口ではない。ただ、気がついちゃったことを述べたまでである。

 この本を読み終えた翌日、チェロのレッスンへと通う。ため息がでる「下手くそさ」である。がんばってもできんやつって、いるんだよね。もっともそういう話は、「それは世間によくある話」だから、あらためて言うまでもないけど。