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問題は、躁なんです

春日武彦
光文社新書
お勧め指数 □□□■■ (3)

 躁については、鬱の対立概念から想像できるだけで、それは一体どういうものなのかを知らないできた。暗い時期と明るい時期を繰り返す傾向がある友人がいたが、躁はそのうちの「調子がいい」程度の雰囲気の方だとおもっていたので、それを精神病として捕らえることはなかった。いいじゃん、明るいのだから。

 鬱病の人はある種のオーラを周りに発しているために、秋の日の晴れ上がった空の下を歩いていても、その人の周りだけ暗くなっているように感じるからすぐにそれとわかる。躁についてはよくわからない。明るくなってはきはきして、という状況ならば、それはそれで結構なことのような気がするのである。が、どうやらそうではないようだ。

 躁になった人は明るいというだけでなく、他人への配慮は全くなくなるらしいのである。つまり、誰かの迷惑などという概念が消失し、世界には自分だけが存在すると信じるような人が登場する。どうやら、躁の人の面倒くささはそこにあるらしい。要するに、完全なる自己中心の人になる。そんな人、いくら明るいからといっても一緒にいたくないだろう。病気の症状があるとすれば、他人への配慮がゼロになることから生じる不愉快さであろう。

 躁の状態はずっと続くわけではないらしい。調子がいいときにしでかしたことをしらふになったときに反省するというパターンなのだろうか。なんだか酒飲みのような症状であるが、実際は知らない。そんなこところまでは本書から読み取ることはできなかった。

 具体的な症状の例として、笑っていいともに出演されたある作家のことが触れられていた。躁状態で出演されたため、番組の進行と関係なく一人でしゃべり続けたそうだ。お笑い番組で、司会はタモリさんという中で、番組ジャックが行われた状況は気味悪かったということである。

 そういう人が近くにいたらさぞ面倒だろう。それに、この手のものは「治らない」ようである。精神病で回復するものは、典型的な鬱病だけだそうだから、仕方ないのかもしれない。幸いなことに、躁の人は身近にいなかった。これからもそうあることを祈るままである。