食糧がなくなる!本当に危ない環境問題
温暖化批判についての本を何冊かつづけて読んだので、ここは少し目先を変えようと食料事情の本を読んだ。といっても、武田邦彦さんの本なんだけど。 この人の本を読んでいると役所やマスコミに対してついつい腹が立つ。だから読んでいて楽しくない。楽しくないものを時間をかけて読むのは嫌である。だけど、生きていくためには読んでおいた方がいいかなとも思う。そんな心境でこの本を手にした。 なるほど。地球は温暖化したほうがいいという理路はわかった。寒冷化して得な事はない。それに現在は徐々に寒冷化しつつあるという研究もある。この意味からも、温暖化防止なんていらないとまわ思う、ホント。 マスコミでもてはやされる理由は、人々が注目するからだろう。節約が悪に繋がることはないし。それに、人々の怠慢が絶滅を呼ぶという悲劇的なストーリーは「魅力的」でもある。 悲劇を予感し、そうならないように立ち振る舞う行為こそ英雄への道である。地球温暖化を唱える人たちはある種の英雄像に自分たちを同化させているのだろう。温暖化防止に対して実際問題なにもできない市民でさえも、英雄になりたいのだろう。休日は高速道路1000円でマイカーを走らせ、スーパーではエコバックを使うことで貢献していると思っているレベルの人がいわゆる標準なんだから。 地球温暖化防止の活動について、それ意味ないですよと現実的なことを言うと、彼らは猛烈に反発する。それが現実だと彼らが「良い人」「素晴らしい人」である根拠がなくなってしまうから。となれば英雄たちはこう主張する。地球温暖化懐疑の人はバカである。しかしそうならないことが現実になると、彼らはむしろ世間崩壊のシナリオが到来することをひたすら待ち望むようになる。人の心理ってのはそんなところがある。だから、地球温暖化防止を唱える人は、危険な人たちなのである。 閑話休題。 日本の食料自給率は低い。米くらいが安全圏にあるように思っているだろうが、米だけあっても意味がない。もう輸入なしには動かない社会に最適化されている。輸入が止まったら、都市部は全滅するだろうが、農村部だって生きれない。そんな状況になれば、いろんなところから侵略があるだろうし、それで一つの歴史に終止符が打たれるんだろう。 では個人的に何が出来るのか。これも温暖化防止の活動と同じようなものかもしれない。実質何ができるかといえば、ない。「生活を変えない」ようにする方法は存在しない。置かれた状況に自らを対応させるよりない。そんな意識をもつくらい。 食料についてどう考えるか。これって、政府レベルでしか対応できない。都市に住む人には対応する術がない。だからそうならないように、食糧事情について現実を知ろうなどと触れ回るのは、おそらくABCテストに引っかかる。というのは、 A:食料自給率を上げると救済が約束される B:国内の食料事情について海外との関係による変動予想などの理論が存在する。 C:人々にこの考えを理解してもらおうと広める。 なるほどだからこの話をうっかり世間の人々に理解してもらうべく説いて回ると立派な「宗教」になってしまうのである。実に面倒なことである。 となれば、個人的には「心構え」くらいしかとれる方法がない。それって実際にはなにもしないに等しい。なんとも無力感を感じる。 何気なくこの本の出版社をみたら朝日新聞社とある。ホント、マスコミの主張っていい加減だよなぁ。 |
