創るセンス 工作の思考
自分の手でものをつくるのは楽しいなぁと最近ずっと感じているので、この本の書名を見たときにすぐに買おうと決めた。新書なので子供向きのじれったさはないだろうし、プロやマニア向けの狭量さもないだろうから。 ぱらぱらとめくるに、著者の主張したいことは大筋納得いくし、頷くことも多々あったし、著者の作品に感心したのだけれど、これといって面白い本かと問われれば、そうでもないかもとするよりない。内容が悪いわけではないのだが、ちょこちょこと顔をだす著者の自慢のようなものが読んでいるときに不必要に感じられるからだ。べつに今更自慢もないだろうよ、と思うのだが。もっとも、それは受け取るほうのぼくの問題であって、著者にその意図はないのだろうから、間にたつ編集者がもう少し配慮してくれればなと思う。 物を創ると大抵失敗するし、材料の加工は取り返しのつかない一発ものであるという主張は、どんな人でも一度は聞いた事があるだろう。ただし、その意味することを体感している人は殆どいないのかもしれない。プラモデルや組立式の模型、あるいは実験キットなどを購入して休日に作ることを「工作」とは言わないと常々思っているのが、この本にも大筋そのようなことが書かれてあった。ぼくよりもずっとずっと工作経験が豊富な著者だから、ぼくが偉そうなことをいうのもおこがましい。この人の経験値は信用できるということは確かである。 工作を始めても、最初は面白いはずはない。というのは、できないから。普段既製品を購入しているだけならば、身の回りの物はキレイで洗練されていて、便利なものばかりであろう。ところが自分で作ったら、満足に機能を果たせないし、カッコ悪いし、しかもずっと高くつく。いいところがない。子供の頃に工作をした事がない人は、大人になってから工作をするということは「ありえない」と思った方がいい。 創作とまでいかなくとも、何もしないよりもはなんか考えて創っている方が楽しい。経たくそなのに楽器を練習しているのと同じ動機があるような気がする。それは簡単に言えば「生きてるよね」を感じさせるから。ずいぶんと大層なことに思えるかも知れないが、感激して涙が溢れんばかりの状態が生きている実感を感じるわけではない。ただ、ああしてこうして、と先を想像しながらついついと手が動くような状態。これも立派な充実感であって、工作をすることは常にそれを感じることなのだと言いたい。 もちろん、アートや工業製品のプロの現場ではそういうことを言ってはいられないだろうし、そういう態度を軽蔑する人も多いはず。だから、この本も現場の人には受けないと思う。ただ、プロだろうがアマチュアだろうが、楽しければなんだっていいじゃん、ということをちょっとでも覗き見してみたい人には良い本だろう。 |
