英語で発見した日本の文学
日本文学の良さは言葉の響きにあるのだろうか、それとも内容にあるのだろうか。 内容にあるとしたら「世間」を前提としているはず。多くの人が当たり前と思っていることと微妙にズレたものに気づくから感動するのだろうか。 だから世間の前提を知らなければ日本文学の良さもわかるわけがない。世界で受け入れられるのは日本文学ではなく世界文学だからで、それをいくら読んでも日本文学の良さをわかったことにはならない(と思う)。となると、どれだけ世間を理解しているのか。子供の頃からの暗黙の了解のようなものの集合が世間であって、言葉を上手に使えるようになっても頭に世間がないならば文学はわからないのではないか、と思ってしまう。 では、マーク・ピーターセンさんは世間についてどれだけ理解できたのであろうか。まぁ、10年、20年と滞在していればわかるのだろう。ときたま鏡を見て自分が日本人でないことに気づいてビックリするくらいなのだから。 文学の理解についての考え方は理科系人間であるぼくがそう考えているだけ、それが正しいというわけではないだろう。それに、文学についてあれこれ語るほど文学について情熱を持っているわけでもないし、生きてきた年齢が長いわけでももない。とはいえ、あたらずとも遠からずであろう。 マーク・ピーターセンさんの日本文学の紹介を読む限り、なんだかすごく理解されていりょうで、ぼくも読んでみようなどと思ってしまった。母国語でないことばの文学を理解することなど不可能だと思っていたが、長い時間ずっと使っていることで慣れてくるのかもしれない。 |
