日本人と日本文化
読んでいない本を並べるための本棚が何段かある。たまに本を入れ替え、そのときどきで気になる本を目立つ場所に移動する。興味を持ったからこそ買った本なのだが、読まないうちに興味が消えていることは珍しくない。しかし、だからこそだが、あるときふっと読みたくなったりする。本棚の整理は、そんな気の移り変わりを冗長する作業になっている。 司馬遼太郎さんの対談。ちょと気を引き締めないといけない。最近は茂木健一郎さんの対談本を読む事が多く、それらとは大分様子が違う。ちょっと驚いたくらい。碩学の人たちなので、知性というか、話題の知的レベルが違うようである。ぼくとは両方ともに好きだけど、それでも新書サイズの対談本一冊をとってみても、最近の本の内容は薄くなったということをあらためて確認してしまった。単にフォントが大きくなったのではなく、中身のある人同士の対談がさっぱりなくなったのかもしれない。 ぼくはサラリーマンではないから、これといって司馬遼太郎さんの作品を読み倒したわけではない。とはいえ、有名どころは読んでいるし、エッセイも好きだ。しかし戦国時代を好んで読むようなことはなかった。 自分でも情けないが、ぼくは日本史についてもさほど知らない。知っている事といえば、司馬遼太郎さんと井沢元彦さんの著作を面白く読んでいるうちに見つけたものばかり。それでも何年にもわたって何冊も読んだせいで、それなりに知っていると思いたい。もちろん、歴史オヤジにはとてもかなわないけれど、普段生きていくときに藤生はしない程度の知識はあると思う。 そんな人がこの対談を読むとどうなるか。結構面白かったという結論になる。変に細かい話にならないし、テーマが「日本人とは」という、日本人ならばだれもが興味を持つものだから。日本人だからということで自分の自信に組み込めるのは、その歴史ということになるだろう。それはどの時代のどの国の人も同じだろう。となれば、本のテーマとしては世界的に一般的なものになりそうだが、日本人論が好きなのは日本人の特徴らしい。ならば、それを堪能すのは、日本人ならではの特権と言える。まったく他人に迷惑のかからない趣味なのではないかと思った。そして、その日本人とは論を司馬遼太郎さんも気になるのならば、ちょっと悪い気分はしないものだ。 |
