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こんな日本でよかったね

内田樹
文春文庫
お勧め指数 □□□□□ (5)

 こんな夢をみた。 

 友人とレストランにいた。入り口近くの待合スペース。

 そこはどちらかといえばファミレスに近いカジュアルなレストランで、シェフ以外はアルバイトでまかなっているような感じの店であった。

 そのお店の入り口に近いところで、友人と談笑していたら、奥からアルバイトの店員さんがやってきた。

 どちらかといえば、少しデンパっている様子で、小走りにぼくらの近くにやってきた。

 二人とも話を中断し、その店員さんを見た。

 「あ、田中さん、奥からオイルと乾燥のやつを急いでもってきてください。」

 確信を持ってそう言った。

 友人の服装はなんとなくスタッフのものに近い色合いだったのだろうか。それとも、顔がその田中さんとそっくりだったのだろうか。

 え、とぼくは思ったが、友人はとくに疑問を浮かべる様子はなく、すんなりと「はい」と言って、店内のバックオフィスへと繋がっていそうな細い廊下を歩いて暗がりの中に消えて行った。

 同時に店員さんも持ち場に戻っていった。

 ぼくはなんだかわからない。

 かれも事情をしらないはずである。こういうところで働いた経験はないはずだから。

 けれど、あいつならば、見つけるんだろうなと漠然とした気分でいた。そのあたりをふわふわと視線をただよわせて、なぜ関係ない友人が取りにいったのだろう。

 しらばして、さっきの店員さんがアルバイトらしき店長さんとやってきた。間違いに気づいたようだ。

 彼らがぼくに声をかけてくるかなぁ、というタイミングで、友人が荷物を抱えて廊下の奥から現れた。

 「オイルと乾燥のやつって、これでいいですか?」

 友人はそう言いいながら、両手で抱えていたものをごっそりと店員さんに渡した。

 店員さんは、平謝りながらそれらを受け取った。

 そして、ぼくの友人は何事ものなかったように、ぼくとの談笑を続け、テーブルが空くのを待った。


 これだけである。

 とくに、意味があるような話ではない。

 この本を読んだあとに、この夢を見た。

 この本は単行本が出版されてすぐによんだので、文庫本を読むのは初めてでも、内容は通しで二回読んだことになる。

 なんでこんな夢をと考えていたところ、この本のテーマに関係あることだとわかった。

 降りかかった災難には言葉ではなく、行動で応じるということだろう。そして、起きた事を他人の責任だと主張し、相手の失敗を声高に非難するのではなく、自分にも多少損になることでも、つきあってあげることもいいんじゃないか。

 そういうメッセージなんだと理解している。

 「こんな日本にだれがした」、というと他責性の強い言葉になる。

 しかし、「こんな日本でよかったね」は違う。現実を受け入れ、他責性を考慮しないで、現実に合わせて幸せとなる道を探す。そういう気分がある。

 ぼくが見た夢は、この言葉をぼくなりに解釈したということなのだろう。夢にでてきた友人は、いかにもそういうことを笑顔でやってくれそうな人なんだよね。思い出しただけで、いい気分になる。そういういい人なんだ。
 
 この感想文を書いていて気がついた。

 これって、キリスト教の根幹にあることなんじゃないかと。

 「絶対神」の存在に対する信頼とそれを崇める行為(畏敬)の二つをキリスト教から引き抜けば、「こんな世界で良かったね」ということを受け入れた気分になるのかもしれない。

 まぁ、ぼくにはまだ考察が足りないから、なんとも言えない。

 なにも「自己犠牲」というレベルまで考える必要はない。

 「それって、俺が損じゃないか。なぜ、そんなことになるんだよ」と自分の損失に敏感になってしまうと、幸福の女神は近寄ってこないかもしれない。

 この本は僕の生き方への警鐘かもしれない。

 もっと、笑顔で生きていきたい。決して恵まれているという環境にはないのに、なんだかいつも気分がよさそうな、あの友人のように。