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日本辺境論

内田樹
新潮新書
お勧め指数 □□□□□ (5)

 海外にいると、不思議と日本についての本を読みたくなる。

 ここは外国なんだから、なにも日本について考える必要なんかないじゃん。今いる国について考えればいい。そう思っていても、不思議と日本について知りたくなる。

 自分は日本人なんだから日本について冷静に考える。それって、環境変化が原因の、ある種の現状否定の気分なのか。あるいは自分がスマートにでもなったかのような勘違いなんだろう。それくらいの冷静はまだもっている。

 こういう錯覚を肯定的に考えるならば、普段めったにみることができない普通の外国人の行動を間近に観察することで、自分を含めた日本の「へん」なところに気づくからかも知れない。まぁ、こじつけに近いかもしれないが。


 ホテルの部屋で、読みかけのこの本を枕元に置いて外出する。そのときに、ベッドメイキングの人はこの本をみてどんな気分がするのだろうか。

 ベッドメイキングの人は台湾人の若い女性であった。彼女がオーストラリアの砂漠のなかにあるホテルでこういう仕事をするに至った理由はなんなのだろうか。ワーキングホリディーをつかって外国生活を体験している学生さんなんだろうか。

 中華系の人ならばこの本のタイトルの意味を理解することができるだろう。漢字でそのままだから。

 客は日本人だと知っているだろうから、日本人がなぜ日本人論なんて読んでいるのだろうかという疑問をもったりするんだろうか。


 アメリカ人とはなにか、とかフランス人とはなにか、という自国民論が盛んなのは、日本人くらいなものだそうである。

 日本の印象はどうですか?とついつい外国人に聞いてしまうような、「他人か自分がどう見られているのかが気になる」のは、日本人がダントツに高いとか聞いた事がある。

 それはなぜか。

 こういう解説はいろいろと聞いたが、それを地政学的・歴史的な見地から説明しているものが多かった。


 それはさておき、面白い本が多い内田樹さんの著作のなかでも、この本は繰り返し読むには言い本だ。この本の随所に現れる「考える方法」が勉強になるから。

 例えば、内田樹さんの「なぜ」という問いかけがとても自然であり、またその答えにいたる理路がとても明確で自然な点。

 こんな風に考えることができれば、どんなに楽しい日々を送れるのだろうかと憧れてしまう。

 この本に書かれていることだが、何かを説明している本は、気がつくと著者の頭の良さを宣伝だったりするもの多い。解説本を読んでいて腹が立つのは、それが原因であり、意識しないまでも本の面白くなさの原因はそういう著者の動機にあったりする。

 ところがこの本には、そういうところが全くない。


 「同じ情報をもって、同じ理路にそって考えていけば、みな同じ結論にいたる」

 なるほど。なんと素敵な発想だろう。

 こういう発想をもって説明している人って、日本にどのくらい存在しているのだろうか。

 人と話し合うための基本ともいえるこのスタンスに、どうして多くの人は至らないのだろうか。

 偉そうになってしまうことは自分にもあるから、反省しないといけない。

 そういう具合に本を読んで反省する機会を得られるのは、この本を読んだ本人「だけ」である。

 ならば、この本を読むたびに「自分のしょうもないところ」を思い出して、まだ残りの人生を楽しいものにしていこうと心に強く念じるのである。まぁ、無理なんだろうけど、やってみる価値はあるだろう。そう思いたい。