原発と陰謀
タイトルからして「陰謀論」を思わせる元自衛隊の人の本である。 内容は原発事故について「一通り」触れられていて、可もなく不可もないもの。 読んでいて思ったのだが、この本は居酒屋で隣の親父がしゃべってる武勇伝のようだ。 原発についての本でぼくが求めているのは、「実際にはどういう経緯で事故が進み、どのくらいまでは確信をもって予想でき、また報告されていたのだろうか」ということに繋がる情報である。 この本の結論は、頼れるものは自分である、という生物界の掟で、それで終わっている。 |
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タイトルからして「陰謀論」を思わせる元自衛隊の人の本である。 内容は原発事故について「一通り」触れられていて、可もなく不可もないもの。 読んでいて思ったのだが、この本は居酒屋で隣の親父がしゃべってる武勇伝のようだ。 原発についての本でぼくが求めているのは、「実際にはどういう経緯で事故が進み、どのくらいまでは確信をもって予想でき、また報告されていたのだろうか」ということに繋がる情報である。 この本の結論は、頼れるものは自分である、という生物界の掟で、それで終わっている。 |
プルサーマル計画の問題を公知するための本である。 プルトニウムはどういうものか、どのように危ないのか。 こういったことについて、とても全うで正しいことを主張している。 こういう情報を最近では多くの人が著作に書いてくれる。 なるほど、危険を省みずMOXを燃やしてもいいことないのに、なんでそんなことするんだろうか。 ぼくは原発については「論理的に」は理解しているし、福島原発で恐怖している。 しかし、街頭で反対運動に参加する気分になれない。 この本を読めば、義務教育を受けてれば、MOXなりプルトニウムなりが「危ない」ということは理解できる。 |
内部被曝についての告発本である。 年間20ミリシーベルトなのか年間1ミリシーベルトなのか。 素人のぼくは、一体どっちがいいのかわからんわけで、数値そのものの設定で何がかわるのだろうかという疑問を持っていた。 とういわけで、「法律を決めたところで今ある汚染が減るわけでもないでしょう?」という意見である。 で、実際どんな危険があるのだろうか。 逆にいえば、これほどのことを官房長官がマスコミで国民に訴えるのはできないだろう。 チェルノブイリで体内に入ったセシウムの量とガンとして症状に現れたというデータはまとめられている。 この問題は日本国内どこの人でも、明日の我が身ですね。 |
原発や電力にまつわるニュース報道を正しく?理解するために必要な用語集。 電力というか、発電ってどうやっているのですか? 半年にわたる連日の報道で、日本にいる人は「シーベルト」や「再生エネルギー」といような用語を井戸端会議にすら使うようになっている。 この本の著者はジャーナリストということだけど、どういう立場なのかは鮮明ではない。 内容は、WEBに転がっているレベルの解説で、これといって詳しく紹介してくれるポイントはない。 便利なのかもしれないけど、ぼくにはいらなかった。 |
この本は読みごたえがある。 物理現象である力学(材料力学、原子核力学、あるいは地震の力学)については、同じデータと同じ方程式を与えれば同じ結果が得られるので、基本的に誰とでも話し合いが成立する。 一方で、危ないということに対する感覚は、何をもってどう判断するのかによって全く反対の評価になる。 電力会社も国も反対派もこの本の前半についての認識は一致するだろう。 電力会社が原発の安全性に寄せる信頼には「根拠」がない。 この本を読めばわかるが、彼らの間の衝突は「マナー」から生じているような気がする。 原発の問題もあるけれど、現実的な問題としては「意見が真逆の人との接し方」の問題が見えていると考えていいとぼくは思っている。 普通の人が多くしらなければはならないのか、自分の立ち位置に関係のない事実だ。 この本はちょっと前の本だ。 |
出版社の信頼性はどの程度あるのか、若干眉につばを付けて読まないといけない。 原発でメンテナンス作業を仕事としていた人が考える福島原発事故について、その実際の状況をどう見ているのか、それは今後どういうことになるのか、どうしてこのような事故が起きたのかについて語っている。 この本の視点は他にないものがある。 安全についての「全うな指摘」をもって、反原発の裁判があったことが何度かある。 が、いまはその理由はわかる。 電力会社の人は、要するに信者なんだ。 ニュースを見る限り、原発事故での補償についてずいぶんとひどい保証方法を提示している。 すまないということで支払うわけではないのだろうな。 なんであんなにひどいことができるんだろうと、不思議に思っていたが、いまは理解できる。 なんだかんだいっても、原発で多くの人が実際に被害を受けている。 あれ、ちょっと考えると、これって昔あったよね。 こんなことをこの本を読みながら考えしまった。 この本の著者である原発での作業者が、今後についていくつかの提案を行っている。 編集者がもうちょっと頑張ってみたほうがいいんじゃないだろうか。 |
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森本哲郎さんの文明論を読んで、世の中について考えてみたい。 いま、こういう本は出版されていないだろう。 現在は海外へ行くことが楽なり、高校生だってフラッと行くことができる。 森本さんの本を読んで「世界を知る旅」を歩いてみると、なるほど文科系の人の凄さを感じることができる。 森本さんが通る道は、ぼくにはわからないところだらけである。 息切れしながら森本さんの跡を辿るように読んでいくと、読み終わったあとに一つの風景が広がっていることに気づく。 知識を追いかけたり、何かを批判したり、あるいは人の愚行を思い知らされるものばかりを読んでいると気分がおかしくなるし、体調もわるくなる。 |
こういう本が新書コーナーに並んでいるとつい手に取ってしまう。 池上さんの著作はそれなりに読んでいるので、おかしな本ではあるまいという信頼もある。 震災前の対談だったのだろうか。 どんなに偉いお坊さんであろうとも仏教の人は言うことは同じだ。 繰り返し言われると、深層部分で確固とした価値観の指標が築かれるようだ。 ある社会に生きるとはそういうことですね。 |
原発に反対する人は市民運動をやるような人で、そういう人の活動や説明、あるいは反対する理由というものは、危ないから、に終始している。 両者の議論はまともな人が耳を傾けるとしても、なんか変に思える。 福島原発については、反対派の人の意見のうち「まともな意見だ」というものがあることを知って、何冊か本を読んでみた。 原発についても、元メーカの田中三彦さんの本をよんで、設計と製造・施工のかい離について知ったし、事故がおきなきゃなんでもありなという東電のメンタリティーを知った。 だから、この本の著者の略歴にある、元GEの技術者(設計というより、工程管理)にはとくに興味をもった。 読んで、いよいよ確信した。 現実って、そういうものだ。 これから原発災害はひどい方向に向かうとしても、一度起きた事故は東電ではどうにもならんことはわかった。 しかし、だ。 |
子どもが受けるだろう被害を食い止めたいという願いをもって出版された本である。 原理的になにが起きるのか。 こういうものを読んでいくと、福島だけでなく近隣の県の子どもはどうなるのだろうかと考える。 もっとも、読んで知ったとして、ではぼくに何ができるのかといわれると、あまりない。 とはいえ、ぼくは「大人だから放射線量が多くても食べる」なんてことはしないけどね。 |
原発で事故が起きたらどうなるのだろう。 この本は、この問いに対するシミュレーション結果を示し、それを解説している。 こういうことをするために税金を使ってSPEEDIというシステムを作ったみたいだが、あれは結局一般の人を守るためのものではなく、国や電力会社の家族が最初に逃げられるように使われるシステムみたいな感じがする。 これまで、一般の人は逃げる可能性をどの程度教えられていたのだろうか。 この本では、福島、新潟、福井、静岡、四国、九州の原発で放射能が漏れたらどんな被害がどの地域に予想されるかを教えてくれる。 ぼくは東京の住人だから福島、新潟、浜岡が気になる。 東京が避難地域になっても、それを受け入れられる場所なんて事実上ない。 若狭湾の原発銀座がダメになった場合は関西が死滅するのだろうと思っていたが、風向きではダイレクトに東京も被害を受けるのだと知った。 わかってはいるのだが、日本に逃げ場はない。 ため息とともに読み終え、ネットニュースで佐賀県知事のペテンの記事を読む。 |
20年前の本がこの震災後に復刊された。 小出裕章さんの著作が多くの人から求められるようになったということだ。 本書で小出さんが主張している内容は現在でも変わらないので、それは過去から一貫していたのだ。 推進派の人は、そのいずれにも答えず、あるいは問題として受け取らず、洗脳された自分たちがもつ教義の神聖さを誇張しつづけるという行動を続けるわけである。 まともに物理をやっている人も、全ての人は金の力に吹き飛ばされてしまう、という冗談みたいな構造が原発業界にはあるわけで、言われてみると本当にそうなっている。 読んでいて思うだが、原発対応の問題は大事故が起きなければ見向きする人は少ないだろう。 |
Q&A形式の本。 恐怖や不安について、心理的に取り除けるものと取り除けないものがある。 しかし、知識がないことに起因するものは学ぶことで取り除くことができる。 原発報道に接するうえで、最初にこの本を読むと適切に不安になることができるのではないか。 政府の言うことは個人の生活を守るためのことではない。 |
2010年12月に出版された本である。 本書の内容は、原発の危うさ、プルトニウムの怖さ、地球温暖化対策のナンセンスさ、核兵器製造のための道具としての高速増殖炉、現状でも電気は足りているという事実。 福島原発事故直前に書かれているのに、震災後に出版されてきた本の内容をカバーしている。 低レベル放射線で被曝しつづけている福島の住民、とくに子どもさんたちはこれからどうなっていくのか。 ならば内部被曝の研究で警告されていたことがどの程度正しい予測なのか、現在の子どもたちの世代で検証されることになる。 学童疎開ができない、させないというのは一つの選択肢だろう。 防げないと意味がない、ということはない。 内部被曝がどのようなことを引き起こすのか、どのような事故が起き得るのか、このまま原発推進派の言う通りにしていったらどうなるのか。 小出裕章さんの本は、読んでいて損はない。 行動は個人の問題であって、他人がとやかくいうことではない。 |
不思議だわ。 「もんじゅ」についてはよく知らなかった。 過去にナトリウム漏れの事故があったけど、それがどういう事故なのかをちらっと聞いただけで、それ以上気にもとめていなかった。 原発ついての本を読んでいるうちに、「もんじゅ」についての話があり、すごい問題がありそうな技術だと知った。 「もんじゅ」で不思議なのは、単なる技術の問題ではない。 原子炉で一番怖いところは核分裂の暴走であり、それによって放射性物質が漏れることだ。 しかし、高速増殖炉は違う。 工学的なセンスからいって、そんなものは「論外」である。 加えて、動燃という組織の問題がある。 「もんじゅ」が安全に可動できると判断した人は誰なんだろう。 工学の学ぶ人間ならば、原子力関係者のやっているようなことをマネしてはいけない。 |
放射能汚染は公害問題と同じように発生し、同じように扱われる。 原発での現場作業職員の被曝管理のずさんさを知るに付け、これを強要する側、これで安全だと主張する側の感覚を想像できるようになってきた。 昔陸軍、今東電。 裁判をやったって「論理」というもがない裁判官の存在に呆れるだけ。 どうやったら東電とかかわらないように生きていけるのか。 |
20ミリシーベルトの健康被害って、こんなにあるんだ。 原発事故でもなければ放射能汚染よる被曝ということに、特段興味をもつ人はいない。 イラク戦争あたりから劣化ウラン弾が利用され、戦場や市街戦があったところから放射能汚染が始まっていた。 内部被曝の症状は劇的には現れない。 毎年夏になると広島・長崎ということで、反戦番組を報道していたマスコミは、どうやって原発と折り合ってきたのだろう。 ではなぜ安全だという「デマ」がまかり通っていたのはなぜだろう。 どんなに広告代理店が頑張っても、福島の人のなかにはイラクで苦しんでいるような人が現れる。 東電はなんとかして原発事故を「誰かのせい」にしようと頑張っている。 |
放射能による健康被害や反原発映画をつくられている鎌仲ひとみさんとの対談と原発や放射能汚染にかかわるQ&Aで構成された本である。 小出さんの話を聞きたい、正しい知識を知りたいという人という人が大勢いる。 小出さんが考える福島原発被害の予想は、一部のタブロイドあおり記事ほどではないものの、政府発表や御用専門家の予想よりもずっと厳しい。 なにぶん人は根拠のない楽観主義を信じたいものだ。 知識として「原子力事故がすぐに解決するものか」と確信しているぼくも、できれば何事もなかったかのような収束をしてくれるんじゃないかと思うことがある。 原発は今でも動いている。 小出さんの話を聞けば聞くほど、なんで日本で原発なんか始めたんだろうと疑問になる。 ただその選択はアメリカに無理やり押し付けられたわけではない。 通勤電車のなかで暗雲たる気分になる。 |
震災発生から原発事故が起き、その事故の解説をラジオ番組で行ったときのやりとりを文字に起こした本である。 一体何が起きたのか。 当時ぼくはテレビをずっと付けて見ていた。 この本を読んで、ラジオってすごいなと思った。 あの状況にあったとき、この解説を聞いていたらなぁと思う。 |
先月一回読んだ。 お化け物には興味がない。 怪談は、作り話よりも(あやしいけど)体験話のほうが断然面白い。 またあの面白さを体験したい。 しかしなんとも驚いたことに、ぜんぶ「噂話」ではないかと気がついた。 なんだよ、これ。 いきなり現実味をそぎ落とされた怪談話は、ぼくにとってあまり好きではない短編小説のような気分がしてきた。 |
今はマンガでも地震の入門書があるのか。 姉を地震研究者に持つイラストレータさんが、地震について知りたいということで本を作った。 内容はそれでいて豊富、というほどではない。 この本を読んで地震について何かを知った、という気分になれるわけではないが、読んで良かったと思っている。 小説しか読まない読めさんもちゃんと読んで、よくわかったと言っていた。 |
山本義隆さんまでが原発についての本を出版したのか。 最近の書店にはめずらしくない「原発・震災コーナー」でこの本を見つけ、驚いてしまった。 そんな判断を瞬時にして購入し、通勤電車のなかで読んでみた。 が、そこは山本義隆さんの意見である。 |
新刊コーナーに置いてあった。 タイトルに惹かれた。 麻雀を例にして説明している。 この本の著者の麻雀道場ではそう教えているそうだ。 ぼくは麻雀ができないが、その考え方に思い当たることがある。 高度なシミュレーションをしているわけではないのなら、条件が決まったらとりうる選択肢が数個でてくるだけだ。 ところがそれぞれの選択肢に「妄想」が入り込むと、一つ一つを考える時間が無限にかかってしまうし、途中で何を考えればいいのか忘れてしまう。 そんなことを考えてた。 |
自分には関係ないことだと思っていた。 しかし今回の震災によって、インターネットに噂は流されそれが拡大していき、人々の行動を惑わす結果となったことを知った。 この本を読むと、どんな形式で流言が「形成」されていくのかを知ることができる。 震災時にツィッターが活躍したなどいう噂が広まったが、それは流言なんじゃないかという気がする。 |
中沢新一さんのガイドで縄文時代の遺跡、あるいはアースダイバー的な意味での聖地となっていた場所へ旅をする紀行本である。 坂本龍一さんはこういうことについて「なんにも知らない人」というわけではない。 「ここへ来る途中、『環太平洋考古学』をお読みになっていましたよね?」 どんな本なんだろうかとアマゾンで検索すが、 八幡一郎著作集〈第5巻〉環太平洋考古学 (1980年) [古書] [-] この本は現在お取り扱いできません。 ということだ。 著作集の中にしかないのか、単行本としては見つけられなかった。 想像するに、坂本さんくらいになると知り合いも世界一流の人がたくさんいるだろう。 つまり、レベルが高い人はよりレベルが高くなるという方程式がそこにある。 アースダイバーの続きのような気分で読んでいたのに、階層化の現実に目がいった結果になった。 |
工学的な側面から原発事故について知りたい人がまず抑えておく一冊だろう。 工学的な用語をなぜ多用して書いてあるのか。 なので原発業界にいない工学の人、原発とは関係のない工学の人に、工学的な意味合いからその危険性を理解してもらうためのものになる。 それは一定の成功を治めている。 岩波書店はやるなぁ、と単純に感心してしまう。
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原発事故に関して一通りのことを知るにはこの本がいいと思う。 記事のまとめ、という本は時間がたつと内容がいろあせる。 原発の解説は、なかなか詳しく書かれている。 なんか、訴えて来るものが弱い。 |