朝の通勤電車で読んだので、朝から涙目でホームを歩いていた。
震災後、原発について何冊か本を読んできた。
そのなかで、読みながら考えさせられた本はどれ?
そう問われれば、迷わずこの本を挙げる。
これまで読んだ本は知識を教えてくれたり、なぜ危ないかを説明してくれたりと、それぞれ良い本ではあった。
しかし、どこか「他人ごと」として読んでいた。
もちろん東京に住んでいるというだけで今現在だって多少なりとも被曝しているし、今後は食料を通じて相当量の被曝をすることはわかっている。
原発事故の恐怖については知ることはできた。
しかし、悲しみというものを切迫して感じることはできないでいた。
いや、「悲しみを感じることができる」とはそもそも考えていなかった。
この本で扱っている「東海村臨界事故」のことはよく憶えている。
当時つくばに一人暮らしだった。
ちょうど週末だったと思う。
このニュースをテレビで見ているうちに「ここも危ないかも」と思って、東京の実家に逃げたのだ。
中性子がでているだけだから、すぐにどうこうという問題はないのだが、それでも怖かった。
事故はすぐに収まり、月曜日からは普通につくばから出勤したはずだ。
それ以後、この事故についてニュースは見聞きしたが、とくだん記憶はない。
しかしぼくが関心を持たなくなても、現実の世界では物事は粛々と進行していた。
臨界の場に直接立ち会った人は、おそらく世界でもこの本に登場する方たちくらいだろう。
中性子を浴びまくったら、その後どうなるのだろうか。
重度に被曝した人の症状がどのように進行するのか、医学的な興味をもっただろう。
医者でないぼくですら、怖いもの見たさという動機がこの本を読む前にあったことは否めない。
しかしこの本を読んでしまったら、もうそんな気分にはなれない。
放射能って、こういう風に人の体を壊すのか。
細胞が「再生」しないということは、一体何を意味するのか。
システム全体が同時多発的に壊れていくとはどういうことなのか。
広島や長崎の原爆で被害にあった人がどんな地獄を見たのか。
皮膚はただれ、水を求めながら焦土とかした街をウロウロし、川の水を口にする。
そして死んでいく。
街中そういう地獄の光景。
これがぼくが「教わった」風景なのだけど、放射線で皮膚がただれ、水を求めるというのは本当のようだ。
この被曝をした方は、同じように皮膚がなくなり、水分が出尽くし、本当に悲惨な形で亡くなった。
現代の都内の病院に突然現れてしまった広島・長崎の被爆者、というようなシーン。
この本を読んでいるとき、反原発の機運に関することよりも、医療行為とか治療とは何か、について考えてしまった。
10シーベルト以上浴びたら助からないことは既知である。
だからといって「何もしない」というわけにはいかないだろう。
どんな治療がいいのかなんて、誰もわからない。
そんな中で治療を引き受けた東大病院の医師はすごい。
医学的な興味が動機になかったはずはないとしても、日々悪化していく患者さんと向き合っていたら、そんなことはどうでもよくなってしまったはずだ。
負け戦を承知で戦うとは、どういう意味があるのか。
そこには「合理性」がない。
あるのは人としての倫理でだけである。
どうやったら助けられるのか。
いや、どうやったら少しでも気分を和らげられるのか。
本書で看護婦さんが語った言葉がある。
医療行為ってなんなのだろう、とか、治療すること時代が間違っているのではないか。
こういう末期医療に接した人が抱くような問題をダイレクトに表現している。
ぼくがこの本のなかで一番感動した箇所は、看護婦さんの言葉である。
治療チームの一員としては、罪悪感と言ってはいけないのもよくわかっています。
いまだに答えが出ないんです。
大内さんに答えてほしい。
大内さんの声が聞こえないなガリ、ずっと自分がやってきたことが正しいのか、大内さんにたいしてものすごく重大なことをしいてしまったのか、わからない。
どちらでもいいから、大内さんに答えてほしい。
すごくいやだったよ、つらかってよって怒ってもいいから、別にありがとうって感謝されなくてもいいし、すごく怒ってくれてもいいから、どっちかの答えを大内さんからもらいたい。
考えても答えはでないと思うんです。
一生。歳をとっても。
大内さんに聞けないかぎり・・・(P188)
この言葉がでるような人が近くにいたという事実は、最悪の事故の被害にあった人に対しての最大の償いなのではないだろうか。
人の力では「直せない」状態になってしまったのだから、実際どうすることもできないけど、生きている人たちが送ることができる「せめてもの償い」といえるのではないか。
放射線を浴びるとは、体内の時間を100倍くらいに加速させることになるようだ。
こういう状況になる、ってわかっているのだから、多くの人がこの現実を知ったほうがいい。
NHKさん、これはすごい資産なんですよ、もっと人々が手の届くところに番組をおいてくれませんか。
そんなことを考えた。