船に乗れ!〈2〉合奏と協奏、<3>合奏協奏曲
この3部作はすばらしい。本っていいなぁ。そうつくづく思った。あまりに良いので、「人生って素晴らしい」とすら感じた。 この内容が「小説」だとしたら著者の構想力はスゴイレベルだと思うが、巻末の著者略歴を読むに、要するに自分の青春時代の報告がベースになっているのだろう。本当にこんなことがあったのかどうかはわからない。出来事のタイミングが良すぎるところなどは物語として工夫していあるのだろう。それでも、大きな出来事は体験ベースなんだろうなと感じる。 記述のところどころに未来の視点から語られているところがある。その語りにはある種の諦観があり、そしてそれが不安感を煽る結果となる。須賀敦子さんの本にあるエッセイはどれも最後に「不安」にぶち当たるのだけど、それと同じような性質をもっているようだ。だからぼくはこの本に魅かれたのかも知れない。 未来は不安である。そう思っているからこそ、未来の不安を予感させる語りに魅かれるのかもしれない。しかし、同時に、未来にカタストロフがあるわけではないと感じている。なぜなら、未来の視点で語っている人がいるということは、その人はなんとか生きてこれ、過去を語る余裕があるわけだから。不安の結果に不幸が待っているわけでもなさそうだ。ただし、そこには必ずしも「すっごく幸せ」という感情はないかもしれない。が、ごく普通の人の幸せというものを楽しむ時間はありそうだ。 この物語もそうなっている。1巻を読んだとき、その青春っぽさに魅了され、2巻を読んだのである。普通の人には持てない体験がつづくのかなと思って。ところがビックリして(でないと物語にならないが)、不安のまま3巻に進んだ。そして、そこには、大多数の人の実情とあまり変わらない人生の報告が待っている。ぼくはそう感じた。。いや、それは著者の経歴を侮っているのではなく、見事にこの本の物語が着地したことへの安堵であり、ぼくは納得したということである。見事に物語が閉じた。 この本を振り返って、まるで自分が目撃したようなイメージが残っているものは、南という女性のまなざしである。ある場面での一瞬の出来事。不安、恐れと同時に懇願とそして諦めと最後に振り絞った勇気とが混じった視線である。これでこの物語は決まったのである。こんな面白い本ならば、誰かが映像化するだろう。2夜連続ドラマのようなもので。その際、このシーンだけは外さないで欲しいなぁと漠然と思う。まぁ、そのドラマは見ないだろうけど。 かりにこの話が実体験ベースであったとしたら、著者が40過ぎまで生きてくるのは結構タフだったことだろう。しかし、なんとか人を感動させる小説を書くまでに至ることができた。いくつか小説を書いた後に、この小説を世に出した。著者の経験は多くの人の頭の中に入り込み、その人たちが生きることを鼓舞するものになったはずである。一個人の青春時代の体験が日本語が理解できる人に共有され、それが人々の財産になったのである。 この話が実話に基づいているって思いたい。実際のところは知りえないので、もう実話だったということにしてしまおう。そう信じてしまうと、本っていいなぁと思う。ぼくには何の関係もない人の個人的な体験なのだけど、それを通り抜けた後に思うのは、素晴らしき哉人生は、である。ぼくはこういう本をもっと読みたい。 |




