GoodReader Super Manual
最近になってiPhoneを持ちはじめた。 ところが使い方がわからないアプリがある。 そう思って30分くらいでちらちらを読んでみた。 |
最近になってiPhoneを持ちはじめた。 ところが使い方がわからないアプリがある。 そう思って30分くらいでちらちらを読んでみた。 |
「超」整理法を使っている。いや、紙はなるべく超整理法で整理している、という意味である。整理というか、整理ではなく時間順に並べて棚に置いているのである。 この本を書店で見かけたとき、「まだまだいろいろ工夫をし続けているのか」と驚いた。結構な歳だろうが、PCのことで本を書けるのだろうかなどと余計な心配をしてしまった。 インターネット上の検索はグーグルを使っている。しかし、自分のPC上では「検索機能」あまりつかっていない。スポットライトもグーグルデスクトップもその効果に疑問を持っていたのだ。メールについても同様だ。 まだまだ野口悠起雄からは学ぶことがあるんだな。いや、たくさんあるのは分かっているが、もう経済についてはいいやという気分になっていたので。コンピュータの基本的な使い方まで教わろうとは思っていなかったから、驚きと感謝と尊敬が入り交じっている気分である。 グーグルが今のようなレベルでは使えなくなる日がきたらどうなるのだろうか。その不安をグーグル・フォビアというのだそうである。だから、グーグルに依存しないように行動する。それも一つの解ではある。 |
アップルのモノづくりの姿勢がよくわかる。読んでいると、胸があつくなるような感情がわく。自分にはアップル製品に携われるチャンスはなかったけど、マスコミの宣伝や人の噂などと関係なく、「うん、これはよい商品だ」と判断したものの背景に、しっかりした「考察」があることがうれしい。つまり、非常によく考えられた製品であることがうれしいのだ。 物事はよく考えられていくとシンプルになる。まさに、今のアップル製品のことだ。この本にも紹介されているが、ジョナサン・アイブも「もっとも、シンプルなデザインは、見れば『これだ』とすぐにわかるが、そこにたどりつくまでがなかなか大変だ」と語っているそうだ。思いつきはだれでも出来るレベルかもしれないが、そこから考えに考えて線を引き、消していくうちに形が見えてきて、最後にシンプルな解が発見される。ぼくがやってみたい仕事でも、この考えは使えるちがい。いや、大抵の人だって、考えて考えて行動すれば、シンプルな解をその分野なりに見つけられるのではないかと思うのだが。 この本でなるほどと思ったところ。それは、「できない理由ではなく、やるべき理由、実現方法を考える」という章。出来ない理由は当然たくさんでるが、それをどうやればできるのかを考えようというようなことは、大抵のビジネス書に出ているし、大抵の人はそうやっていると思って全くやっていないのだが、アップルの発想からいえば、「なぜ、それをやるのか?」をまず考えるほうが大切なのだそうだ。それはそうだ。その結果、それをやる理由が固まれば、出来るできない論をする必要がないではないか。
なるほど。なぜ、それをやるのかをもっともっと考えろ、ということだ。それが不十分だと「だめな理由」に負けてしまう。 しかし、それはある意味当たり前のことのような気がする。もし、ダメな理由によって企画が潰れたというのならば、そもそも企画について考えが足りないだけのことかもしれない。数の勝負でいうのならば、感ではなく、論理的に「やるべき理由」を考察し、その量で畳み込んでいくような作業が必要なのだろう。
理詰めてつきつめたものを人の感情に訴えるまで美しいデザインに昇華する。 こういう作業があると素晴らしい製品がつくれるのだろう。それは、デザイナーがスゴイとかいうレベルの問題ではないことがよくわかる。 せっかくの人生なんだから、こういうことを(自分なりにだが)やろうと思う。やる気がでる本であった。 |
何気に気になっていた本を読んだのだが、いつもとちがうのは原著にしたところ。英語の本を一冊丸ごと読んだ経験は1冊しかない。論文といった10ページ程度のものか、ぶ厚い教科書で該当する章を読むことがあるが、時間がかかってしかたないので敬遠していた。しかし、ぼくも人生を折り返しているし、今そういう経験を積んでおかないと今まで以上に面白い本との出会いを広げていく道が閉ざされるような気がして、これからは例え時間がかかっても英語の本を読むことにした。ただし、気合いが現実に反映されるわけでもなく、200ページのこの本を読むのに、通勤の往復を2週間もつかってしまった。通常ならば5−8冊くらいの本を読めていたはずだから、本の出会いとしては1/5〜1/8になったことになるが、何をやるにしても最初はそういう非効率なもんだろうと納得している。 プログラムとプログラマーについて語れたエッセイで、読みごたえがあった。高邁な信念を語るのではなく、本音ベースの「だって、そうでしょ?」というプログラマーの視点での発言で、そういう風に考えるのかと勉強することが多かった。少なくとも、他人をバカにする見下すことしかしないプログラマーやデザイナーのような発言がなく、すご腕の人だってぼくにもわかるような美学や動機から行動しているのだと知ってほっとした。 著者はプログラマーであり、社会で多くの人に使われているシステムをベンチャーとして成功させた人である。一方で、芸術というか美しさとは何かについてもちゃんとした哲学を持っている。パソコンスペック競争やアイドル好きの特質を伴う人とは違って、ぼくは尊敬の念を抱く。こういう人、日本のシーンのなかでもたくさんいるのだろうと思って、もっと活躍してくれないかなと思っている。 At an art school where I once studied, the students wanted most of all to develop a personal style. But if you just try to make good things, you'll inevitably do it in a distinctive way, just as each person walks in distinctive way. Michelangelo was not trying to paint like Michelangelo. He was just trying to paint well: he couldn't help painting like Michelangelo. そうだよね、まったく。技術なり知識なりを動員して良いものを作るということに力を尽くすと自然にその人なりの方法になっていくだろう。なにも、自分なりの方法を探すことが芸術をするもくてきではない。なんでそんな「自意識過剰」な活動が人を感動させるのだろうと考える人が多いのだろうか。こういう内容って、その活動の意味する先を目的に活動している人が言えることで、だからこそこの人が語るプログラミングやプログラミング言語についての考えは信用できると思う。こういう、きちんとした感覚をもった人が、計算機好きの中にたくさん出て欲しいなと思う。 |
GRAPEの本が新刊で出ていた。「えっ、なんで? 今になって?」と驚く。重力の部分の計算だけを専用ボードで計算させるというGRAPEというアイディアには当時感心した。そういうアイディアを考えつき、しかも実行してしまうのはスゴイ。自分で作るから必然的に安いコストだし、回路も見通しがきくものになる。この問題に感心がある世界中の人がそう思ったはずである。やられたと。 丁寧に書かれた新書なので一気読みができた。Project-X的な過剰な演出もない。渦中にいた人の目でみたGRAPEにまつわる人と事の流れが読み取れる。ただし、この本にはGRAPEの誇りを解説しているというより、ベースラインとしての悔しさのようなものが感じられる。著者が学生時代に原作を書いていた有名な漫画『栄光亡き天才たち』のような印象をうける。おそらくだが、著者は悔しいのだろう。もちろん、これはone-sideの見方であって、実際そうだったのはわからない。雰囲気は語る人の体調によっても違ってくるのだから。 本文中に、最初に創った人よりも2番目の人の方が結果的に注目される、とある。これは発明、発見の2番目という意味ではなく、「性能がでない、見栄えしない」初号機よりもそれを改良・発展させた2号機くらいが一般の注目を浴びると言いたいようである。著者はGRAPEの初号機を作った。そして、それができたときに「とっても、簡単でした」を連発してしまった。その言葉を真に受けた人は、「なんだ、そうなんだ。では、この功績はアイディアを出した人と、実用的なものへと発展させた人にあるな。」と受け取られたのではないかと後悔しているようである。まるで、自分自身で書いた原作のような「栄光なき天才たち」の一人のように。これだけ成功していても、何か満たされないものがある。人間、面倒くさいものだ。 それに関係してか、チームの意味について、一風変わった理解を述べている。チーム活動はオーケストラ(弦だけとか管だけとかも含むが)の演奏のようなものだといっている。個性をぶつけ合っても全体としては調和しているものがよいと。しかし、この理解は主張しないと周りに飲まれると言っているようにも受け取れる。つまり、GRAPEを設計するのは簡単だといったことへの後悔を語っているのだ。 伊藤の「GRAPE-1を作るのは簡単だった」という言葉は、GRAPEプロジェクトの内部の人たちにさえ文字通りに受け取れてしまう。 「GRAPE-1は簡単だから」「ズブの素人の学生にも」「作ることができた」その言葉は果たしてそうだったのか? あのときの登場人物が自分でなくても同じ結果になったのだろうか? いや、そうではないはずだ。 そもそも、自分で簡単なものが他人には実はできないんじゃないか。自分のすごさを周りは理解してくれないんじゃないかと感じてもいる。 例えば、『栄光なき天才たち』が軌道に乗った頃、興味を持った大学の若手研究者からきかれたことがあった。 「原作の仕事って何をするの?」 「台本のようなものですね。セリフとト書きを書いて・・・」 「なんだ、絵は描いていないのか。それならオレにだってできるじゃないか」 伊藤は内心、「だったら、やってみればよかったじゃないですか」と思ったが、口にはできずに、「そうかもしれませんね」と答えた。 この時期にGRAPEの話を出してきたのは、そういう疑心暗鬼に対する対策のように感じる。 人は物語を求めてる。事実ではない。物語も「面白いもの」を求めてる。「英雄」の武勇伝ならば絶対に憶えてもらえる。そして、事実は忘れられる。この本の評価が3なのは、物語として弱いからだ。これは新書という性格上仕方がないが、キャラを実際以上に「たてて」しまえば、この本の話がメインストーリーになって語り継がれていくことになったはずである。どうなるかは、この本の売れ方とGRAPEの今後の活躍次第ではある。 |
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こもりまさあき ちょっとおしゃれなMacのアドバイス集。綺麗なグラフィックデザインを仕事としている人だけを対象としているのではなく、Macをつかう人全てが対象であろう。単にMacが好きな中年にも参考になる。いろいろ感心したのだが、とくに次の2点を知ったことには感謝している。quicksilverというランチャーとRSSのアグレゲーターの利用法。とくに、RSSについてはブログを大量に見て回る習慣がない人にはなじみが薄いはずなので、どうしてそれが必要なのかを垣間見ると多いに感心できるでしょう。だから、世間で騒がれる(というか、書店のコンピュータ関係のコーナにRSSの本がたくさんある)わけでだ。 まず、QuickSilverについて。MacOSXを初めてみたときにDocに感心したせいか、Docを使ってソフトを起動するものだと素直に思い込んでいた。使っていくうちにソフトが増え、Docに格納できなくなるとアイコンサイズを小さくしてなんとか画面に収まるようにしていた。それでも、たまに立ち上げようとしたソフトの隣のソフトを誤ってクリックして「あーぁ」と思うことは結構あって、なにか良い方法はないものか。そう思っていたのでQuickSilverを知って助かった。もっとMacを楽しく利用できる。 マイコミジャーナル【コラム】クリエイターのためのライフハック QuickSilverをちょっと利用してみた結果、今はDocには何もアプリを登録していない。 つぎに、RSSリーダ。RSSでサマリを含むサイトの更新状況が記載されいているXMLファイル。それを読み込めばそのサイトを読みに行くべきかどうか判断する目安になる。そういう言葉は知っていたが、それがどのように便利なことができるのかまでは想像できなかった。
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荒井玲子 だめだなぁ、なんでこんな本を買っちゃったのだろうか。漫画世代ターゲットの雑誌記事のようなもので、導入は「ちょっと読んでみようかな」という感じにさせますが、内容は説教(というか優越感提示)と理想論(理想の彼氏論みたな)ものです。だめっすねぇ。 理由は簡単で、結局精神論なのです、若い人向けのね。ただ、UMLの内容をずばり書くわけにも行かないので、UMLの効用をUMLなしで、しかも対象となるシステムを限定しないで説明するのですから、リーダー論に落ちるしかない。まぁ、もうちょっと立ち読みしてから買えば良かった。そいういう本です。 |
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やまだあきら Debian/GNU Linuxを使い始めた。いい加減な知識でセットアップすることでやり過ごしてきたが、ライブラリなど細かい設定が必要になり、数日はまったことを反省して、せめてapt-getだけでもちゃんと学ぼうとこの本を買ってみた。表紙がさっぱりしたデザインで、持っていてもいいかな、と思わせる本なのでかなり高かったが購入した。 APTツール郡について概要はわかった。dpkgについてはとりあえずペンディングでよいやと思った。これを読むと、これまで結構危ない使い方をしていたのだなということがよくわかる。昔はソースからコンパイルするのが当たり前だったのだが、ライブラリ依存関係が面倒になったあたりにはすでにUNIXは使っていなかった。だから、バイナリでパッケージをインストールするという方式にどうもなじめないでいたのだが、この本をざっと読んでみて、概要がわかったのでありがたい。WWWページを彷徨う時間を金でかったと思えば、まぁ、気にならないかな。ほんの装幀がきれいだと高い本でも許せる。 |
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Paul Dubois 最近になって、なんの因果か再びtcshを頻繁に使うようになった。初めて使った頃からもう、10年以上たっている。知識はここ7年はアップデートしていない。覚えているわずかなコマンドでやり過ごしていたが、知識が歯抜けになっているのが自分でも歯がゆいので、オライリーの本でいったんreloadする。まぁ、WWWを探すとたくさんんリファレンスとなるページは存在するのだろうけど、紙のページに線を引きながら読まないとダメなんです。古い人間なんですね。 とりあえず、ざっと読んでみて、いくつかこれぼれていた知識を復旧し、新しいことも知った。総数にして10個くらいかもしれないけど、この本を読まなかったら永遠に身に付くことがなかったものなのだから、十分ペイしたと言えるだろう。知識のかけれが、あるとき絶対的に強さを発揮することがあることを私は知っているので、損をしたとは思っていない。思っていないのだが、高いよなぁ。古本であっても、高い。 |
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野口悠紀雄 あなたもホームページが作れる。そんな、つらない内容ではない。個人情報を発信するサイトを作りたい人のための本ではない。賢いインターネットの使い方という本でもない。これは、野口さんが自身でWWWの個人ページを自分向けの道具として使い出し、結果的に多く人が使うようになったnoguchi.jpというサイト形成の際の「ノート」に近いもののようである。場面場面でノートしたことで、普遍的だと思われる内容がまとめられている。 ホームページを作りたい。作ったら、多くの人に見てもらいたい。そういう人が殆どである。私も、その一人になっている。野口さんは次のように言っている。 |
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坂村健 別に悪い本ではないのだが、高校生の教科書なので普通の人にはお勧めできない。坂村健の本ならば全部買ったときに読まないでほったらかしになっていた本が目に付いたので読んでみた。確かに高校生用の「教科書」である。一応、社会人向けにアレンジはしてあるのだが。 知っていると思っていても以外に知らないことがある。そういうことはなかなか普段の生活において気づく機会は少ない。ひょっとしたら「へえ、知らなかった」と思うことがあるかもしれないと思って読んだのだが、あまり面白くなかった。いや、全部知っていたということではない。単に、「あぁ、これは知らなかった」と感嘆することがなかっただけです。 |
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牛尾剛 オブジェクト脳にならないと、オブジェクト指向プログラムなど書けようはずがない。教えてあげよう、如何にすれば「オブ脳」になれるかを。とまぁ、そういう主旨の本である。帯にも「妻が読んで「オブジェクト脳になった」と言ってはしゃいでいました。」だの「もっと早く読みたかった」だのが並んでいる。が、これは全部「嘘だろう」と思う。つまり、この本を買った私は『宣伝に引っ掛かった」ということだ。 |
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スティーブ・マコネル スティーブ・マコネルだし、「デッドライン」と同じ装丁だったので買ってみました。大失敗(笑)。うわー、面白くねぇ、という感じでした。プログラム開発現場にいらっしゃる方には「結構参考になる」という者なのかもしれませんが、私は2000円以上する本だとは思いませんでした。 本書の主著は明確です。(1)書いてから直す、というは絶対にやめろ、(2)ソフトウエア開発の要員も医者や弁護士と同じく「免許」をつくれ、というものです。 |
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掌田津耶乃 MacOSの基本操作マニュアルのような本。セットアップ、ファインダー、環境設定、トラブル、TIPS集。辞書のレベルではなく、一通り読み通しておくタイプの本。読み通せるように書いているので、電車の中でも問題なく読めます(座れれば、ですが)。 MacOSXを使いはじめて2年弱です。中途半端なままに使っていました。この本を読んで新しい知識と感じたのは1/3弱かな。でも、知識の確認という意味で、読み通して良かったと思っています。数日するとv10.4が発売されちゃいますので、ぎりぎり間に合ったかな。 |