<勝間和代を目指さない>。この本の帯にそうあって、それを見たら書店で笑ってしまった。幸い人がまばらだからよかったが、しかし面白い帯だ。
タイトルから内容を想像するに、もっと気楽に生きたらいいんじゃないんですかねぇというものだろう。日々の生活にでも気づけば結構楽しいことはいろいろありますよ。そういう精神科医の先生からの忠告のような本であろう。ぼくにはとりあえず必要ない本である。というのは、ぼくは仕事が忙しすぎるわけでもないし、つまらないわけでもないし、借金もないし、家族と問題なく暮らしているから。この本の結論にありそうな、「普通の幸せ」のまっただ中にいると思っている。
そういう日々の生活にいてもときどき「勝間和代さんを目指さないと行かんのかなぁ」と思うときがあり、漠然とした不安を感じることもある。ぼくの仕事場には勝間本を読んでいそうな人も結構いる。ぼくはそんな人たちと勝負なんぞしていられんとばかりに、大きく方向転換してしまっているので、まぁ気楽な生活なのである。だからぼやっとした不安は、「とはいっても、まぁ普通の生活でいいでしょ」と開き直ることで頭から消えてしまっていた。
この本でのテーマは、「普通の幸せ」というものを求めることが意外に難しいというものである。世間ではそういう状況になっているようだ。日本にもいろんな人がいるから、「日本人論」とまではいかない。テレビでも書籍でも「リーダーを目指せ」「勝ち組になれ」といったメッセージは溢れている。そんな社会に浸かっていると、リーダになれないならば人の価値は小さいといったような考え方する人は日本にも増えたのかも知れない。
ちょっと考えてみればすぐにわかる。とんでもなくスゴイ人を目指すことを否定しないけど、とんでもなくスゴイ人というのは数人しかないのだ。勝間和代さんを目指す人は大勢いても、勝間和代さんレベルに達する事ができるのは数人だろう。ところが社会には数百万から数千万という人がいる。要するに、宝くじをどう考えるかと同じ問題のような気がする。みんな目指せば目指すほど挫折する人が増えることになる。社会にとって、それは良い事なのだろうか。
この本での二番目のメッセージは、「努力は報われる」という信憑についてである。この言葉は「そうだといいよなぁ」という希望であり、昔ッから、人類史と同じくらい昔ッからある、とぼくは思っている。努力しても報われないからこそ、宗教なんてのが生まれるのだと思っている。がんばった人が報われるといいけど、実際はそうじゃない。それが社会なんだよね。この本はそう注意してくれている。
この注意は別に目新しいものではない。しかし、不思議とこの注意をみな無視する。オリンピックの金メダル選手のような人が、優勝したあとで自分のこれまでを振り返って語るとき自分を物語の主人公にしてしまう衝動にかられるのだろう、「努力すれば報われる」と言い続けるのをよく目にする。そして、それがよい話になっていく。
しかし、実際問題として、同じような努力をしてもうまくいかなかった人はたくさんいる。金メダルを取った人より努力したけれど、いろんな事情でうまくいかなかった人はたくさんいる。そもそも、スタートラインにすらたてなかった人もいる。そういう人の存在はすべて無視され、うまくいかなかった人は努力が足りなかったと断罪されておわるのである。
著者がとりあげたことについては、不思議とぼくも同じような意見に着地していた。それは決して「人生を諦めた」という意味ではない。なにをどうやろうとも、人は死ぬんだよなぁとしみじみ考えていると、普通に今生きていられる事がとても幸せに思えるようになった。だから、幸せを得るためにがんばる、ということをしなくなった。ぼくにとってまぁまぁの生活。そんなものを目指すようになったのだ。そういう態度だと少し不安だったのだが、まぁこれもありなんだなと思うようになった。
日々の生活をとくに楽しめるようになった。そのために自分なりに結論したことは、この本の結論とあまり変わらない。ただし、非常に上手に分かりやすい言葉で語られている。言葉の世界で生きている人は凄いなと思う。