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      <title>scienza/books</title>
      <link>http://www.significa.jp/scienza/books/</link>
      <description>【本】本棚を見上げていると</description>
      <language>ja</language>
      <copyright>Copyright 2012</copyright>
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      <item>
         <title>ジュリアス・シーザー</title>
         <description><![CDATA[<table border="0"><tr><td valign="top"><div class="entry-content">
<table border="0"><tr><td valign="top">
<!--amazon-->
<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4102020063/ref=as_li_qf_sp_asin_il?ie=UTF8&tag=significajp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4102020063"><img border="0" src="http://ws.assoc-amazon.jp/widgets/q?_encoding=UTF8&Format=_SL110_&ASIN=4102020063&MarketPlace=JP&ID=AsinImage&WS=1&tag=significajp-22&ServiceVersion=20070822" ></a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=significajp-22&l=as2&o=9&a=4102020063" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />
</td>
<td valign="top"><div class="entry-content">
シェイクスピア<br/>
新潮文庫<br/>
お勧め指数 □□□■■ (３) <br/>
</div></td></tr></table>
</div></td></tr>
<tr><td valign="top"><div class="entry-content"><p>

突然だが、シェイクスピアを読みたくなった。
ぼくは教養が必要なことはからっきしダメで、ある本を読んでいて「リア王のような状態に」という比喩があり、なるほどと頷けなかった。
くそう、と悔しくなったことが衝動的にわき上がった理由とし、家にある「まだ読んでいない」シェークスピアの文庫本を探した。
ただでさえないのだが、シーザーが見つかったので読んでみた。

もう４０過ぎのおじさんなのだから、ちゃんとできあがっちゃっている教養というものが自分にもあっていいはずだろう。
そう思うのだが、そんなもんはない。
ただ長生きしても、そういうもの手に入れることはできない。
そう、今更ながらに体感している。
年を取ったって、賢くなったり教養が自然と身についたりはしない、ホントに。

これまで文庫本で読んだシェイクスピアは、オセロー、ヴェニスの商人。
そのリストにシーザーが加わったわけだ。

全く知らないというわけではないのだが、この著者の力量を推し量ることができないでいる。
シーザーの話は断然塩野七生さんのほうが面白いし、詳しいし、ためになる。
こっちのシーザー、なんか「まちがってないか？」とか、Ciceroって「キケロ？」とか、アントニウスはアントニオという「呼称」を使うのか？などということが目について、楽しめなかった。

とはいえ、こんなんを全部読めば「シェークスピア」なんて、たいしたことはないねぇ、ってわかる。
読みが浅い、人間関係を読み取れていない。
たぶんそうなんだけど、そこまで世の中が騒ぐほどすごくない。
たぶん、「初めてこういうものを作った」という偉大さが人々からの評価につながっているのだろうけど、現在に生きるぼくにはそれを体感できないのは仕方ないがないことだろうと想像する。
アガサを全巻読破する方がよっぽど難しいだろう。

ぼくには「シェイクスピア」の権力はあまり効かない。
それはそれで、いいことだ。

</p></div></td></tr></table>  ]]></description>
         <link>http://www.significa.jp/scienza/books/2012/05/post_923.html</link>
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         <category>古典・教養</category>
         <pubDate>Thu, 03 May 2012 10:30:41 +0900</pubDate>
      </item>
      
      <item>
         <title>小沢一郎はなぜ裁かれたか</title>
         <description><![CDATA[<table border="0"><tr><td valign="top"><div class="entry-content">
<table border="0"><tr><td valign="top">
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</td>
<td valign="top"><div class="entry-content">
石川知裕+佐藤優<br/>
徳間書店<br/>
お勧め指数 □□□■■ (３) <br/>
</div></td></tr></table>
</div></td></tr>
<tr><td valign="top"><div class="entry-content"><p>

最近のニュースの報道でよくわからない小沢一郎裁判。
政治的なことがどうこういうのではなく、供述調書を「でっち上げ」られて、それがもとでの起訴なんだから、判決を出すという以前の「こりゃ、ドローだろう」ってことにならない理由がわからなかった。

そういいつつ、マスコミで識者？たちは「限りになく黒に近い」と言っており、政治家たちは説明責任を果たさせろと騒いでいる。
僕が見ているこれらの人が全員馬鹿なのか、それともぼくは何かコアになるこの事件の鍵をしらないのか。
なんだかなぁと思っていた。

そのとき、取り調べをICレコーダーでせよとアドバイスした人は佐藤優さんだと知った。
なんだよ、すげーな、ここにもいるんか。
どういう顛末でそんなことをやってヒットを打ったのか知りたいなぁ。
そう思っていた矢先にこの本を店頭で見かけた。

この事件や政治家たちの佐藤優さんの見立てを読むことができる。
感動はしなけいど、政治にも裁判にも関わらないで生きて行けたらハッピーだなと、読みながら再確認した。

</p></div></td></tr></table>  ]]></description>
         <link>http://www.significa.jp/scienza/books/2012/05/post_922.html</link>
         <guid>http://www.significa.jp/scienza/books/2012/05/post_922.html</guid>
         <category>社会を知る</category>
         <pubDate>Tue, 01 May 2012 10:30:57 +0900</pubDate>
      </item>
      
      <item>
         <title>ニュースキャスター</title>
         <description><![CDATA[<table border="0"><tr><td valign="top"><div class="entry-content">
<table border="0"><tr><td valign="top">
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</td>
<td valign="top"><div class="entry-content">
大越健介<br/>
文春新書<br/>
お勧め指数 □□□■■ (３) <br/>
</div></td></tr></table>
</div></td></tr>
<tr><td valign="top"><div class="entry-content"><p>

NW９は、ぼくがみる数少ないニュース番組で、内容についてもNHKであるということを考慮しつつも、かなり信用している。
もちろん、原発報道については相当「放送しない」と思っているし、セレクションも保守的である。
それでも、民法よりにいいかなとは思っている。

ニュース報道については、キャスターがどのくらい信用できそうかで見るかどうかを決めている。
人を見る目など大していないし、テレビにすっかりとだまされてしまうこともあろう。
が、それでも一応話を聞いてみて決めている。

ふっとした一言などを丹念にみていえば、やらせや出来レースのようなことを報道することを何とも思っていないのかどうかくらいはわかる（はずだ・・・）。
たとえばNHK解説員の水野さんは、嘘を言う必要があるときはネクタイがおかしい、とか。

震災以後わりと頻繁に見るようになったニュースソースはNW9だから、これも何かの縁だろうと本書を手にしたわけだ。
が、なんと、半分は「ブログ」の再編集した新書だった。
NHKのサイトに書かれる文章だから、だいぶ丸まった主張が述べられてしまうのは仕方ない。
その分面白未がかけるので、まとまって読むには少しつらい。

ただ、前半半分は書き下ろしであり、その文章はわりと面白い。
ページ数を稼ぐ尋常手段として、どうしても自分の来歴を語ってしまうことになってしまうのは仕方がない。

ニュースとは別の観点からのニュースについてを語ってもらいたいなぁと思った。


</p></div></td></tr></table>  ]]></description>
         <link>http://www.significa.jp/scienza/books/2012/04/post_925.html</link>
         <guid>http://www.significa.jp/scienza/books/2012/04/post_925.html</guid>
         <category>エッセイ・評論</category>
         <pubDate>Tue, 24 Apr 2012 11:51:35 +0900</pubDate>
      </item>
      
      <item>
         <title>武　</title>
         <description><![CDATA[<table border="0"><tr><td valign="top"><div class="entry-content">
<table border="0"><tr><td valign="top">
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</td>
<td valign="top"><div class="entry-content">
甲野善紀+井上雄彦<br/>
宝島社<br/>
お勧め指数 □□□□■ (４) <br/>
</div></td></tr></table>
</div></td></tr>
<tr><td valign="top"><div class="entry-content"><p>

ずいぶんと長い間、机の端に積んであった。
この単行本を買ったことを忘れ、文庫まで買ってしまった。
こういうことは良くあるとはいえ、縁がくるまで読めないので、無駄は仕方がない。

あるとき突然にバガボンドをよもうかなぁと思ったのだが、それはこの本の表紙が気になっていたからかもしれない。
深層心理に深く入り込んだイメージは、何かがきっかけで意識に前景化し、急に気になることがある。
いわゆる、読むべき時がきた、というやつがそれで、そう思ったが吉日として読むことにしている。
そういう本はすらすらと読める。

組合の技について二人が話し合うシーンは、巻末に写真がでているとはいえ、正直想像するよりない。
想像するといっても映像はひとそれぞれだろう。
何となくわかったような感じで先に読み進むのだが、こういうときは対談されている二人を信用するよりない。
きっとすごいんだろうなぁ、とでも思いながら。

途中バガボンドについての解釈や江戸期の武術に優れた人たちの逸話を甲野さんが語り、井上さんがおもしろがるという場面がある。
こちらも彼らの背後で話を聞いているような気分になった。

跳んだりはねたりというアニメやチャンバラ劇とは少し違う、武士たちの「究極をもとめる」姿勢に思いをはせる時間を持てた。

</p></div></td></tr></table>  ]]></description>
         <link>http://www.significa.jp/scienza/books/2012/04/post_924.html</link>
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         <category>人間の性質</category>
         <pubDate>Mon, 23 Apr 2012 10:22:40 +0900</pubDate>
      </item>
      
      <item>
         <title>生きるための論語</title>
         <description><![CDATA[<table border="0"><tr><td valign="top"><div class="entry-content">
<table border="0"><tr><td valign="top">
<!--amazon-->
<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4480066586/ref=as_li_qf_sp_asin_il?ie=UTF8&tag=significajp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4480066586"><img border="0" src="http://ws.assoc-amazon.jp/widgets/q?_encoding=UTF8&Format=_SL110_&ASIN=4480066586&MarketPlace=JP&ID=AsinImage&WS=1&tag=significajp-22&ServiceVersion=20070822" ></a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=significajp-22&l=as2&o=9&a=4480066586" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />
</td>
<td valign="top"><div class="entry-content">
安冨歩<br/>
ちくま新書<br/>
お勧め指数 □□□□■ (４) <br/>
</div></td></tr></table>
</div></td></tr>
<tr><td valign="top"><div class="entry-content"><p>

論語についての解説書なのだが、どうして今なんだろうか、と疑問に思って手に取った。

日本人は長いこと論語が教養の基本にあったし、教育は素読から始まっているじゃない。
歴史小説でも時代劇でもよく紹介されている。
だから、「論語の内容の意味」は完全に理解されているものだと思っていた。
が、どうやら違うらしい。

現代中国語とも違うようだから中国人が読んでもしっかりと根拠のある、しかも意味が理解されうる解釈というのは「ない」ようだ。
それぞれ「こうでしょ」という了解の元に論語が教訓かされている、という状態なのだ。

だから、安富さんが今「この解釈はおかしい、こう考えないとつながらない」ということを言い出してもなんら問題はないわけだ。
これまで、そんなインチキな理解度の上に日本の学問と呼ばれしものがあったのか。
びっくりする。

この本で、孔子が言いたいことをたどっていくと、どうやら「学ぶ」ってことが中心課題なんだってことになる。
もっといえば「制御」の考え方が入ってくる。
これも驚く。
フィードバックですよ、ある種の。
そんなのを孔子は主張していたのか。

いかにして学び続けていくか。
これが要するに人生ってことですね。

誰もが文句をいわないだろう理解なのだが、この本を読まないとぼくが言っている意味はわからんだろう。
いろいろ勉強になりました。
</p></div></td></tr></table>  ]]></description>
         <link>http://www.significa.jp/scienza/books/2012/04/post_921.html</link>
         <guid>http://www.significa.jp/scienza/books/2012/04/post_921.html</guid>
         <category>震災後の世界</category>
         <pubDate>Fri, 20 Apr 2012 10:37:07 +0900</pubDate>
      </item>
      
      <item>
         <title>腹を割って話した</title>
         <description><![CDATA[<table border="0"><tr><td valign="top"><div class="entry-content">
<table border="0"><tr><td valign="top">
<!--amazon-->
<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4781605702/ref=as_li_qf_sp_asin_il?ie=UTF8&tag=significajp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4781605702"><img border="0" src="http://ws.assoc-amazon.jp/widgets/q?_encoding=UTF8&Format=_SL110_&ASIN=4781605702&MarketPlace=JP&ID=AsinImage&WS=1&tag=significajp-22&ServiceVersion=20070822" ></a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=significajp-22&l=as2&o=9&a=4781605702" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />
</td>
<td valign="top"><div class="entry-content">
藤村忠寿+嬉野雅道<br/>
イースト・プレス<br/>
お勧め指数 □□□□■ (４) <br/>
</div></td></tr></table>
</div></td></tr>
<tr><td valign="top"><div class="entry-content"><p>

八重洲ブックセンターの４Fの配架が変わった。
この書店はここ数年で「改悪」著しいのだけど、この方法のほうが売れるのならば仕方がない。
この階の変更は、売れ筋の本を全面に出すというより、文庫本を拡充させたのだろうか。
以前よりも岩波や筑摩が増えているし、新書も拡充しているようだ。
とはいえ、平積みや表紙を見せての陳列が目立ち、必ずしも在庫を増やしたのかどうかはわからない。
そんなフロアの配架を確認しながら見ていたら、フロアの端っこにワゴンがあり、「どうでしょう」コーナーが設置されていた。
へぇ、と思って何冊か手に取り、この本が一番おもしろそうだったので買ってみた。

この本では最新作の内容にも言及されている。
そもそも出版されたばかりの本だ。
内容は「どうでしょう」についてを温泉でも行って気楽に話してみたことが対談としてまとめられているようだ。
どうでしょう軍団はどういう感覚で「どうでしょう」を撮っていたのかが語られている。
ちらっと立ち読みしただけで、へぇと思うことが多かった。
とくだんマニアでもないぼくですら、語られるエピソードについてすべて覚えているのには自分でも驚いたけど、だからこそ楽しく一気に読んでしまえたのかもしれない。

藤村Dと嬉野Dの実際の作業について触れられている。
とくに嬉野Dが何をやっていたのか、番組内では今ひとつはっきりしないから、この本を読んで初めて知った感じだ。
誰もが思うだろう、ビデオで撮影していただけなかなぁと。
ぼくも深くは考えていなかったのだが、そう思っていた。
が、実際はそうではなかったのだ。
周りからも嬉野Dの存在については目立った評価がされないから、立場上嬉野Dは結構いやだっただろうな。
共同制作をしてそれが成功したとき目立ったない場所にいる人は「たいしたことしていない」と評価されるのは仕方がないことなんだけど、それでも何ともいえない悔しさを感じるものだ。
そのあたりについて、嬉野Dの考え方と世間の評価？の「かわし方」を知ることができた。

全体を通して、ぼくは嬉野Dの考え方に共感を持ったし、考えさせられた。
「自分をやってってことはさぁ、たぶん一生やってられるんだよ」
うん、そうだと思う。

二人の活動の目的は、売れる番組でも知名度を上げることでも昇進することでも作品を残すことでもないようだ。
「温泉に入って、気持ちいいなぁ」と思える仕事をすることだ。
これは生きる上での価値、目標、動機である。
何があろうとも、仕事をする上ですら、「温泉」と同じ気分を味わえるほうへ進んでいく。
仕事をするとか生きるとかを分けないで、「温泉」がありそうな方向へ動いてく、いや、行ってしまう。

二人が共通認識として持っていた「温泉」という価値観が、「どうでしょう」全体にあふれている。
なるほど、だから見ている楽しいのか、と納得いった。
だからだろう、もう10年も毎週どこかの放送局で流している「どうでしょう」を今でも見続けている。
震災後に一番最初に見ることができる（心理的にだけど）と思ったのも「どうでしょう」だった。
「どうでしょう」が、東京や大阪のキー局でつくられているお笑い番組とは全くちがって、何度でも見れることができる番組である理由は、作り手のもつ価値観が背景にあるからなのか。
なるほどね。

ローカル局という環境で「温泉」を掘り当てるには何をすればいいか。
いかなる分野でも遭遇する問題だと思う。
そして一般的には「資源がないにもかかわらず、大手と似たようなことをしてしまう」という行動をとる人が多く、そして失敗するわけだ。

そうではないのだな。

読んでよかった。
やっぱり「自分がいいなぁ」と思うものの作り手の発言からは多くを学べる。

</p></div></td></tr></table>  ]]></description>
         <link>http://www.significa.jp/scienza/books/2012/03/post_919.html</link>
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         <category>リラックス</category>
         <pubDate>Sat, 24 Mar 2012 19:05:38 +0900</pubDate>
      </item>
      
      <item>
         <title>内部被曝</title>
         <description><![CDATA[<table border="0"><tr><td valign="top"><div class="entry-content">
<table border="0"><tr><td valign="top">
<!--amazon-->
<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4594065775/ref=as_li_tf_il?ie=UTF8&tag=significajp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4594065775"><img border="0" src="http://ws.assoc-amazon.jp/widgets/q?_encoding=UTF8&Format=_SL110_&ASIN=4594065775&MarketPlace=JP&ID=AsinImage&WS=1&tag=significajp-22&ServiceVersion=20070822" ></a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=significajp-22&l=as2&o=9&a=4594065775" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />
</td>
<td valign="top"><div class="entry-content">
肥後舜太郞<br/>
扶桑社新書<br/>
お勧め指数 □□□□□ (５) <br/>
</div></td></tr></table>
</div></td></tr>
<tr><td valign="top"><div class="entry-content"><p>

内部被曝というものがICRPではあまり考慮されていないのではないと言われている。

どうしてなんだろうか、ということについての答えは、原爆の取り扱いにあるようだ。
現行の広島・長崎の被爆者研究から数値は決まっているのだけど、その被爆者は初期放射線の影響調査を主体にしていて、放射性降下物による影響については、考慮されていないという問題があるらしい。

どうしてそんなことになるのか。
それは、原爆を非人道破壊兵器として「認められないようにする」ための米軍の方針に原因があったということだ。
つまり、内部被曝のような、広範囲で何年もの期間にわたって人が死んでいくことが原爆の効果にあるとなったら、それは毒ガスと同じ扱いになってしまって、「使えない兵器」になるから。
それだと米軍は困る。
だから、放射性降下物の内部被曝に関係するような健康被害は「全くない」ということになったそうだ。

だから、内部被曝については、現在までに研究が足りてない。
被曝量が少ないと、DNAを破壊するということに由来するのではない原因で健康被害を受ける可能性がある。
その可能性は少ないと主張されているが、それは「何の問題もない」ということはない。

何が真実なのか、それをぼくは知りようがない。
が、怪しいとわかっているのらばそれを知りたい。

もうちょっといろいろ調べてみたい。

</p></div></td></tr></table>  ]]></description>
         <link>http://www.significa.jp/scienza/books/2012/03/post_920.html</link>
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         <category>震災後の世界</category>
         <pubDate>Fri, 23 Mar 2012 19:57:24 +0900</pubDate>
      </item>
      
      <item>
         <title>今を生きる親鸞</title>
         <description><![CDATA[<table border="0"><tr><td valign="top"><div class="entry-content">
<table border="0"><tr><td valign="top">
<!--amazon-->
<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4434162438/ref=as_li_tf_il?ie=UTF8&tag=significajp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4434162438"><img border="0" src="http://ws.assoc-amazon.jp/widgets/q?_encoding=UTF8&Format=_SL110_&ASIN=4434162438&MarketPlace=JP&ID=AsinImage&WS=1&tag=significajp-22&ServiceVersion=20070822" ></a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=significajp-22&l=as2&o=9&a=4434162438" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />
</td>
<td valign="top"><div class="entry-content">
安富歩<br/>
樹心社<br/>
お勧め指数 □□□□□ (５) <br/>
</div></td></tr></table>
</div></td></tr>
<tr><td valign="top"><div class="entry-content"><p>

絶対他力について、こんなわかりやすいたとえ話を読んだのは初めてだ。
以下、はじめにから引用する。
この本での議論は、この部分がすべてだと言っていい。

以下、引用する。

-----
私が「他力」というものと出会ったのは、中国の黄土高原というところでした。
ここから親鸞へと向かう一本道を辿る旅が始まりました。

この大層な田舎では、何か事前に目的を決めて計画を立てて実行しようとする
と、恐ろしいくらい、次から次へと困難がふりかかり、ひどい目にあいます。
たとえば誰かに会いたいと思って、車でどこかへ移動しようとしても、車が見
つからない。車が見つかっても車がなかなか来ない。車が来ても、今度は車が
壊れる。車が壊れなくても、運転手のやる気がないなくて止まる。運転手のや
る気があっても大渋滞で進まない、等々。
こういうことが連続技で襲いかかってきます。私が参加した深尾葉子氏の率い
る調査グループは、過去にこのような経験を数限りなくしていました。

それでというとうとう諦めて、目的も計画もなく、ただブラブラしていると、
人が面白がって寄ってきます。そこでおしゃべりしていると、その人が偶然、
私たちの会いたい人の知り合いだったりします。それで「その人に会いたいの
だ」と言うと、じゃぁ今すぐ行こうということになります。だけど車がない、
と思っていると、その人の知り合いがたまたま車で通りかかる。その人が止め
る。運転手と話す。するとたまたま、その方向に行くところだった。じゃぁ乗
せてくれ、と言って乗ると、道も混まずに辿りつく。着いたら合うべき人は、
客と会うために家にいたのだけど、その客が急に来られなくなったので、暇を
持て余していた。「丁度良いところに来た」ということで、忙しいはずの人と
たっぷりと話すことができる、等々。

そういう経験をしているうちに、「流れに逆らってはいけない」ということを
嫌でも覚え、深尾氏はこういうやり方を「波乗り方式」と呼んでいました。流
れに乗って波乗りをしていると、思いかけない、面白いことに次々と出逢うか
らです。この調査に参加して同じ経験をした私は、「目的」や「計画」や「責
任」といったものは、波乗りを邪魔するものだ、と考えるようになりました。
そこでそれを、

「無目的・無計画・無責任」でなければ、目的を責任を持って計画通りにすす
めることはできない。

と表現することにしました。逆に、

目的を計画通りに責任をもって実現しようとすると、目的を計画通りに責任を
もって実現した」ことにするために、巨大な「やっているフリ」をすることに
なる

とも考えています。
----

</p></div></td></tr></table>  ]]></description>
         <link>http://www.significa.jp/scienza/books/2012/03/post_918.html</link>
         <guid>http://www.significa.jp/scienza/books/2012/03/post_918.html</guid>
         <category>震災後の世界</category>
         <pubDate>Tue, 20 Mar 2012 22:01:25 +0900</pubDate>
      </item>
      
      <item>
         <title>官邸から見た原発事故の真実</title>
         <description><![CDATA[<table border="0"><tr><td valign="top"><div class="entry-content">
<table border="0"><tr><td valign="top">
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</td>
<td valign="top"><div class="entry-content">
田坂広志<br/>
光文社新書<br/>
お勧め指数 □□□□□ (５) <br/>
</div></td></tr></table>
</div></td></tr>
<tr><td valign="top"><div class="entry-content"><p>

原発災害の最初の状況や対応について、菅首相の動きの裏にあった「良識部分」が見えた。

原発事故の情報がないなか、どんな人がどんな判断をしていたのか、あるいは、政治家が原発事故について何かを決める判断の根拠は何だったのか。
そのあたりに興味があったのだけど、マスコミ情報がソースではなんだかさっぱりわからなかった。
そのわからなさが、ぼく個人の官邸に対する不信の原因でもあった。

が、これを読んでみて、なるほど田坂さんのような人が、後ろでいろいろ作業したのだと知って、少し安心した。

これまで田坂さんの本は結構読んだと思う（最近のはチェックしていないが）。
「もうけてやろう、優秀な人が愚劣な大衆を相手にもうけるのはいいことだ」的な、ごく普通のビジネス本とは「全く違うタイプ」の、ある種の理想を詩で語っていたような不思議なビジネス本だった。
おそらく田坂さんは、そういう正攻法で人生をやってこれた、非常に珍しいビジネスパーソンなんだろうなぁと漠然と思っていた。
が、そのバックグラウンドは原発関係の研究者だった、とは知らなかった。


事故発生後の福島県民の被爆について、とくに低線量被爆についての政府の対応は今でも「まずいなぁ」と思っているが、東電や保安員たちの情報ブロックの元では、あのような対応になるのは仕方ないかもしれない。

また、田坂さんは、当初から4号機の使用済み燃料への注意、あるいは原発事故は化学プラント事故とは本質的に異なる事件なんだと首相に認識させることには成功していた。
ならば、保安員や安全委員などが首相の近くにいるよりも、日本にとっては「とりあえず生き残る」ためには田坂さんがついてくれてよかったなと感じた。

いわゆる反原発の人のアジテーション的な叫びでもって世間の人に原発の怖さを伝えるのも方法ではある。
が、田坂さんがこの本で示した手順による説明のほうが、多くの人には話を頭に入れやすい方法だろう。

もっとこの本について多くの人が語ってほしいし、読んでほしいと思う。

</p></div></td></tr></table>  ]]></description>
         <link>http://www.significa.jp/scienza/books/2012/03/post_917.html</link>
         <guid>http://www.significa.jp/scienza/books/2012/03/post_917.html</guid>
         <category>震災後の世界</category>
         <pubDate>Mon, 19 Mar 2012 19:40:00 +0900</pubDate>
      </item>
      
      <item>
         <title>さよなら、もんじゅ君</title>
         <description><![CDATA[<table border="0"><tr><td valign="top"><div class="entry-content">
<table border="0"><tr><td valign="top">
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</td>
<td valign="top"><div class="entry-content">
もんじゅ君<br/>
河出書房新社<br/>
お勧め指数 □□□□□ (５) <br/>
</div></td></tr></table>
</div></td></tr>
<tr><td valign="top"><div class="entry-content"><p>

もんじゅ君って、なにもんなんだろう。
そういう感じの解説が読めます。

著者自身のことを語っているだけあって（？）、高速増殖炉について、原理的なこと、存在自体が危険であることを説明してくれます。
表紙の絵は子供のように思えますが、絵本とは違います。
中学生くらいからなら十分理解できると思います。
できれば、全国の中学校の文庫に寄贈したいです（そういう活動があたら、ぼくも何冊分か寄付します）。

以前読んだ、高速増殖炉の怖さをまた思い出しました。
もんじゅを推進した人たちは、現実とSFの違いがわかないか、ある種の自滅願望があるか、日本を消そうした外国の意向をくんだ人なのでしょう。
普通に生活する人なら普通に質問するような、「あの、一次側の配管が壊れたどうなりますか？」というようなことも怖くて考えられないでしょう。

もんじゅはやばい。
誰だって読めばわかるだろう。
どうして読まないんだろうか？

そういう疑問をいま持っています。

こういう本って実はあまり売れない、あるいは売れても数万部というところでしょう。
つまり、人口比で考えたら、テレビで盛んに放送でもしないかぎり「国民が知るところとなる」ということにはならないわけです。
それに、原発銀座圏内にある書店では「扱っていない」という話もあるようです。

もんじゅ君、死んでくれ、と思うのはこの本を読んだ人の願い。
かわいいキャラクターだけど、「ですだよ」という語尾も好きだけど、でも消えてくれ。

</p></div></td></tr></table>  ]]></description>
         <link>http://www.significa.jp/scienza/books/2012/03/post_916.html</link>
         <guid>http://www.significa.jp/scienza/books/2012/03/post_916.html</guid>
         <category>震災後の世界</category>
         <pubDate>Fri, 16 Mar 2012 19:26:29 +0900</pubDate>
      </item>
      
      <item>
         <title>おしえて、もんじゅ君</title>
         <description><![CDATA[<table border="0"><tr><td valign="top"><div class="entry-content">
<table border="0"><tr><td valign="top">
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</td>
<td valign="top"><div class="entry-content">
もんじゅ君<br/>
平凡社<br/>
お勧め指数 □□□□□ (５) <br/>
</div></td></tr></table>
</div></td></tr>
<tr><td valign="top"><div class="entry-content"><p>

なめた感じの本だなぁ、と思っていたが、まぁ読んでみた。

原子力を使った発電について、その辺のニュース解説よりも遙かに知見を得られるすばらしいまとめ本だった。
なんだよ、こんな本があったんかよ。

どういう方が書かれているのかわからないが（いや、著者は高速増殖炉か）、わかっている人が書いているな、ということはよくわかった。
そういう人って、テレビの解説を見ててもほとんど出てこない。
つまりはテレビをどんなにみてても、この本を一冊読むので得られる理解には、多分達することができないだろう。
そういう本だった。

奥さんに是非本でもらおうと勧めているが、逆にそれがよくないのか、読まれないままになっている。
とくにいい本は人に勧めたい。
だけど、熱心に勧めるほど温度差がでてしまって、読まれないということがよくあるもの。
こういうとこは、さらっと、しかも謎めいた説明をするのがいいんだろうけど、なかなか。

</p></div></td></tr></table>  ]]></description>
         <link>http://www.significa.jp/scienza/books/2012/03/post_915.html</link>
         <guid>http://www.significa.jp/scienza/books/2012/03/post_915.html</guid>
         <category>震災後の世界</category>
         <pubDate>Thu, 15 Mar 2012 10:23:25 +0900</pubDate>
      </item>
      
      <item>
         <title>放射性廃棄物の憂鬱</title>
         <description><![CDATA[<table border="0"><tr><td valign="top"><div class="entry-content">
<table border="0"><tr><td valign="top">
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</td>
<td valign="top"><div class="entry-content">
楠戸伊緒里<br/>
祥伝社新書<br/>
お勧め指数 □□□■■ (３) <br/>
</div></td></tr></table>
</div></td></tr>
<tr><td valign="top"><div class="entry-content"><p>

放射性廃棄物の最終処理の研究を原子力開発機構でされていた人の論考である。
といっても、日々の生活やおもしろかった体験を語っているのではなく、廃棄物処理とはどういうものかを一般人に語るというもの。
地層処理のための技術やそれにまつわる疑問や不安について。

「オンカロ」については、なんどかNHKで放送されたこともあるので知っている人もいるだろう。
地中深くに高濃度の放射性廃棄物を「おいて」、蓋しちゃうという単純なこと。
だが、それがえらく難しい。

そんな処理方法をフレート境界上に位置する日本でやるってのはそもそも無謀なことなんじゃないか。
そう素人ながら考えていたが、それをするための技術って、あるようでないようで、なんかあまり気が晴れない説明がこの本にあった。

３１１前には廃棄物処理の研究って日の当たらない仕事のようだったようだし、その後も会社的に理解されるような仕事ではなかったようだ。
楠戸さんは仕事場を変えているくらいだから。

高濃度の放射性廃棄物は日々相当量が福島第一で出現している。
使用済み燃料ではなく、循環冷却水のフィルタや水。
原子炉そのものもそうだし。

廃棄物処理は年金同様「先のこと」として対応していられなくなった。
突然目の前に大量に現れた。

どうするのだろう。
それを考えることを仕事としていた人が、投げちゃうようなことなんだろうから。

高齢化が進む日本に、54の原子炉廃棄なんて、できるとはどうも思えないのだ。
前人未踏のことばかりをじいさんたちがやれるとはあまり思えない。
</p></div></td></tr></table>  ]]></description>
         <link>http://www.significa.jp/scienza/books/2012/03/post_914.html</link>
         <guid>http://www.significa.jp/scienza/books/2012/03/post_914.html</guid>
         <category>震災後の世界</category>
         <pubDate>Wed, 14 Mar 2012 09:23:29 +0900</pubDate>
      </item>
      
      <item>
         <title>ヤクザと原発</title>
         <description><![CDATA[<table border="0"><tr><td valign="top"><div class="entry-content">
<table border="0"><tr><td valign="top">
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</td>
<td valign="top"><div class="entry-content">
鈴木智彦<br/>
文藝春秋<br/>
お勧め指数 □□□□■ (４) <br/>
</div></td></tr></table>
</div></td></tr>
<tr><td valign="top"><div class="entry-content"><p>

タイトルだけから判断すると、原発作業者の仲介にヤクザが絡んでいる、という告発記事を想像する。
週刊誌ネタとしては、まぁ、そうだろうと思うし、実際そういう取材番組もNHKで見たことがある。
知りたくないことであっても、知らないといけないよなぁ。
そんな気分で読んでみた。

ところが予想をちょっと裏切るような内容だった。
ある意味、より根深いことで、より深刻な状況なんだと理解した。
ヤクザというのは、一過性の役回りで街に絡んでいる者ではなく、原発業界食い込んでいる、と言うより、その事業の土台の所でヤクザは一定の役割を果たしている、ということのようだ。

原発が立地しているところは、そもそも寒村だった所で、何も仕事がない場所だった。
そういうところに、技術や努力がさほど必要ない労働が大量に必要になる仕事が降ってくる。
必要な労働力のほとんどは労働者であり、箱もモノなどは普通の土建屋できるようなものばかりだ。
こういうところに大量のお金が降ってきたら、そりゃほとんどがヤクザ基盤に吸収される。
ヤクザといっても、麻薬を密売するようなタスクではなく、単純労働の元締めとしての存在である。

原発立地地域でのお祭りに顔を出せばすぐにわかる。
箱物として作った公民館での演歌歌手のショーは誰が読んでいるのか、調べればすぐにわかる。
原発立地の社会では、そういう組織を必要としているので、ヤクザも長く存命できているというわけだ。
もはや、良い悪い、という関係にはない。
彼らは、日々の生活を続けていくうえで必要されている存在なのだ。

人間社会を、感情抜きで見ていけば、機能として必要であり、解として安定した方法なんだとわかる。
なるほどなぁ、と深く感心する。

こう考えると、被害者というポジションを話さない原発立地の人たちへの見方が変わってくる。
まずは原発事業の恩恵を受けないのに甚大な被害を受けている場所への手当が先だ。
事業を受けてきた土地は、一番後でいいだろう。

</p></div></td></tr></table>  ]]></description>
         <link>http://www.significa.jp/scienza/books/2012/03/post_910.html</link>
         <guid>http://www.significa.jp/scienza/books/2012/03/post_910.html</guid>
         <category>震災後の世界</category>
         <pubDate>Fri, 02 Mar 2012 08:07:52 +0900</pubDate>
      </item>
      
      <item>
         <title>検証 福島原発事故・記者会見――東電・政府は何を隠したのか</title>
         <description><![CDATA[<table border="0"><tr><td valign="top"><div class="entry-content">
<table border="0"><tr><td valign="top">
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</td>
<td valign="top"><div class="entry-content">
日隅一雄＋木野龍逸<br/>
<br/>
お勧め指数 □□□■■ (３) <br/>
</div></td></tr></table>
</div></td></tr>
<tr><td valign="top"><div class="entry-content"><p>

東電が何を隠したか、というと壮大な意図のもとに何かを伏せるような印象を受けてしまう。
が、そんな知的な意図は彼らにはない。
「問題があるから言わないですまそう」。
これまでの（そして今でも）そんな行為の集大成のように思えた。

都合の悪いことは言わない。
言わなければ、なかったことになる。
人の命よりも我が社（東電ね）のメンツ。

彼らの行為は、じっくりと何十年にもわたって考え続けられた上でのものではない。
単に儲かるからで進めてきた原発事業でしかない。
なので、何かを語らせるときには「安全です」しか言葉がでてこない。

現実には安全ではないのが明らかになると、もう言葉がない。
だから、小学生のような適当なことしか言えない。

不思議なことで、そんな人達でもずっとやっている「それっぽく」見えてくる。
が、彼らは実質なにも変わっていない。

この本での内容が明らかになっているのに、未だに大本営発表を流すマスコミ。
もはや構造的な欠陥があって、それはもうどうしようもない。

死にたくなかったら、どこにまともな情報があるのか、に注意していかねればならない。
改めて、よく反省した。

</p></div></td></tr></table>  ]]></description>
         <link>http://www.significa.jp/scienza/books/2012/03/post_911.html</link>
         <guid>http://www.significa.jp/scienza/books/2012/03/post_911.html</guid>
         <category>震災後の世界</category>
         <pubDate>Thu, 01 Mar 2012 08:24:10 +0900</pubDate>
      </item>
      
      <item>
         <title>放射能から子供の未来を守る</title>
         <description><![CDATA[<table border="0"><tr><td valign="top"><div class="entry-content">
<table border="0"><tr><td valign="top">
<!--amazon-->
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</td>
<td valign="top"><div class="entry-content">
児玉龍彦＋金子勝<br/>
ディスカヴァー・トゥエンティワン<br/>
お勧め指数 □□□□□ (５) <br/>
</div></td></tr></table>
</div></td></tr>
<tr><td valign="top"><div class="entry-content"><p>

児玉さんの国会での怒りの発言を見たことがある人は多いだろう。
「政治は一体何をやっているのか」という、あの映像だ。
あの時期、民主も自民もみな菅おろししかやっていなかった。

それが政治家とうものの正体みたりで、本当に嫌になった。
あれに加担した政治家は、今では「実に大変だった」みたいなことを言っているが、
どの面下げて言っているのか全くわからん。＞自民の党首、お前もだよ。

東電も政治家もみな陸軍と同じように無責任集団なんだとよくわかった。
だから、内部被曝については、この人達の言っていることを信用するつもりはない。

自分で情報を集めて、対応できるところをなんとか対応する。
それくらいしかできない。
一番信用できないのは国であるから、国の発表は全部ゴミ箱に入れて、まともな情報源をどうさがすのか。

筆頭は児玉先生たちからの情報発信だろう。
もちろん直接かかるわけにはいかないけど、かれらの発信するものをまず受け止め、理解して、自衛につなげる。
これしかない、現実的には。

実にわかりやすい本だった。
変に心配するより、テレビや新聞を見るよりも、こういう人たちの活動を知り、そこから情報を得る。
それしかない。

</p></div></td></tr></table>  ]]></description>
         <link>http://www.significa.jp/scienza/books/2012/02/post_913.html</link>
         <guid>http://www.significa.jp/scienza/books/2012/02/post_913.html</guid>
         <category>震災後の世界</category>
         <pubDate>Tue, 28 Feb 2012 09:13:23 +0900</pubDate>
      </item>
      
   </channel>
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