山の音
高峰秀子さんの映画を借りようとツタヤに行ったのだが、見ていないものは借り出されていた。 ストーリーがどうのこうのいう以前に、原節子の凄みが染み入った。 見終わっても、あーだこーだ議論をするような内容ではない。 原節子の演技に感動した。 映画だったら理解してもらえるだろうけど。 |
高峰秀子さんの映画を借りようとツタヤに行ったのだが、見ていないものは借り出されていた。 ストーリーがどうのこうのいう以前に、原節子の凄みが染み入った。 見終わっても、あーだこーだ議論をするような内容ではない。 原節子の演技に感動した。 映画だったら理解してもらえるだろうけど。 |
放浪記といえば、毎年ニュースで見かける森光子さんのでんぐり返し。 高峰秀子さん出演の成瀬映画を見ることをこの夏の課題にしている。 林芙美子さんを原作とした成瀬映画を何本か見た。 主人公は作家本人。 そういうところでせっせと働きながら、夜には詩を書いたり小説を書いたりしている。 それでも面白いと思ってい見たのだから、何か違うものを読み取ったのかもしれない。 ぼくが一番印象に残っているシーンは、高峰秀子さんの歌声。 |
浅草橋、柳橋界隈の風景が描写されている。 ぼくは花柳界には縁がない。 だから筋を追ってもつまらない。 こういう女性がいたんだなぁ。 映像では清洲橋近くの料亭でのシーンがあり、この辺にも来たのかなどとうれしくなってしまう。 風景としていいものがある映画なので、手元にDVDを置いておき、気が向いたら見返すくらいのことをしてもいいかもしれない。 |
下町の人らしさとは何か。 昔ぼくが実際見たものの近いものが映像に多くあった。 ぼくが現在生活している街の昔の風景を映像で見ることができる。 この時代の女性の目標は現代において達成されている。 この映画のどういうところに感動したのだろう。
粗筋をたどるだけなら、なんとなく想像できそうな映画だから。 映画の要素と全体の印象の関係はどうなっているのか。 自分が生きている時代よりも昔は、「過去」という一つのものとして考えてしまいがちになる。 古代ローマなんていう古代のことを知るのはある種のフィクションを楽しむ気持ちがあるのだが、近い過去つまり自分の親が若かった頃の映画をみると、自分の過去が少しだけ引き伸ばされたような感覚をもてる。 芸術を楽しもうなどのような高尚な目的とは無関係に、この時代の映画を見るのは自分の視野が広がるから、入手できるかぎりDVDを見てみよう。 |